リコ

ザ・パーソナルズ 黄昏のロマンス/パーソナルズのリコのレビュー・感想・評価

3.8
VHS題『ザ・パーソナルズ 黄昏のロマンス』

NYロウアーイーストサイドのユダヤ系コミュニティに住む老人たちによる演劇グループの活動を追ったドキュメンタリー。
日本人監督初のアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞に輝いたことで有名な本作は、その栄誉のわりに日本ではVHSしかリリースされておらず、なかなか見るのは困難な作品。今回、行きつけのVHS レンタル店で見ました。

NYのユダヤ系コミュニティーにある文化センターで週一度開かれる演劇ワークショップ。そこに集うのは下は60歳から上は90の大台に乗ろうとするおじいちゃん、おばあちゃん達。
元々、俳優として活動していた人はごくわずかで、ほとんどが老境に差し掛かってから演劇を始めた初心者たちだ。
それぞれの過去と現在の事情を抱えながらも、間近に迫った発表会に向けて稽古に熱が入る彼らの姿をカメラは追っていく。

伊比恵子監督によって、NY ティッシュスクール・オブ・アーツの卒業制作として撮影された長編作品を、HBOでの放映用に40分に短縮したバージョン。なので、少し物足りなさを感じるものの、カメラに向かって時にざっくばらん、時に不安げに語り出す老人たちの表情にずっとくぎ付けだった。

発表会の演目が、「新聞の恋人募集欄に応募した老人たちの恋模様」なので、カメラの前で彼らの過去の恋愛や結婚生活、不倫の経験談、セックスライフ(!)まで明け透けに語るおじいちゃんおばあちゃん達に圧倒される。しかしそれらもまた人生を刻んできた証拠。すっかり若々しく見えてしまった。

しかしそんな陽気な話だけでなく、もちろん老いの哀しみ、一人身の孤独、残り時間の少なさに立ち尽くす老人たちの姿もカメラは見つめ続ける。
妻子もなく、友人も少ない一人暮らしの老人がぽつりと呟いた一言に胸をつかまれた。
「若い頃、人生には何か深い意味があると思っていた。こんな年になったが、それが真実だったのかは分からない。」

演劇の稽古の場面では、講師の男性が登場しあれこれと指導する。この人は老人たちを尊重しつつも、稽古に一切妥協せず、時には檄を飛ばしたりもする頼もしい男性で、そんな彼の人柄によって個性のバラバラな老人たちがまとまっている雰囲気が伝わってきた。だからこそ肝心の発表会の場面があっさりと終わってしまうのが肩透かしで残念だった。

アカデミー賞ドキュメンタリー部門は年々、作品のテーマが厳しく苛烈になっているような気がするが(もちろんそれはカオティックな社会情勢ゆえだが)、今作のような片隅に生きる人々の何気ない、しかし唯一無二の生きざまを描写した作品も取り上げて評価してくれないものだろうかとボンヤリ思った。
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