刑務所の雑居房の中、男は背中の寒さをもろともせずに浅い眠りについていた。もう一人の罪人は鋭い錐で壁に何かを無我夢中で掘っている。またもう一人の罪人は愛する母親の夢で目が覚める。雑居房の中の4人の受刑者は思い思いに行動を取るが、夢から覚めてしまったチャン・ジン（チャン・チェン）は囚人から錐を奪い取ると、自分の喉元にその鋭い先端を突き刺す。狂気にも似た突発行動の末、男は悪夢のような雑居房を一旦は抜け出すが、残念ながら声を失っただけで再び雑居房に引き戻されてしまう。男は刑の執行直前の死刑囚だった。死刑囚の大けがのニュースはすぐに全国を駆け巡り、TVを通してヨン（チア）は彼の姿に心打たれる。一人娘と旦那との3人暮らし、何不自由ない生活を送る彼女はその報せを聞いた日から、精神の状態を崩して行く。

　女ヨン（チア）は死刑間際の罪人のために「春夏秋冬」を味わわせようとする。四角いコンクリート打ちっぱなしの部屋を、彼女がコピーした春夏秋冬の風景が彩り、真冬に半袖ワンピースを着た場違いな女は男の目を見ながら、必死でエールを送ろうとする。『コーストガード』で恋人を殺され気が狂った女同様に、チアは明らかに幼児退行していく。花柄のワンピースを着た彼女は、面会の最後に必ず封筒に入れた写真を彼に忍ばせるのだ。死刑囚はその写真をいつでも見られるように脇の壁に貼り付けるがその度に、同部屋の犯罪者たちによってビリビリに破かれる。勃起不全に陥った男は、マリア様の像を心に写経するしかない。女は肌寒い雪の中を4度面会に足繁く通うことになる。これまた『コーストガード』同様に、男も女も面会室という狭い空間に何度も何度も舞い戻って来てしまうのだ。

　その様子を我々はスクリーンの前で見つめるが、同時に監視カメラも2人の様子を覗き見ている。最初の面会の際、女は死刑囚との面会をすぐに断られるが、頭上に設置された監視カメラは彼女の簪を見た途端、死刑囚との面会を了承する。面会室は一応の仕切りはあるものの、壁四面は彼女に飾りつけの裁量が与えられている。これはどういうことだろうか？男を監視カメラで監視する保安課長の男こそ、キム・ギドク監督本人である。幻視者たちの夢は死への抵抗のごとく立ちはだかり、白いシャツは重力に抗えずに地上に落ちる。男は自己の生み出した人格に眠りを妨げられ、狭い独房に幽閉される。死刑囚の心の中には、母性を夢見て写経したもう一人の母親が住み着いている。

• #追悼キム・ギドク
• #1960-2020

愛を昇華するのに、過去、状況、時間、場所は何処にあっても関係ないんです。死刑囚でも手錠有りでも一瞬でも面会室でも。そこに感じられるのは、今を包む愛のブレスだけなんです。それでいいんですか、いいんですよ。

キム・ギドク監督作品の中では、比較的、ストーリー性もしっかりあって、難解ではない。

このFilmarksで使用されているDVDジャケットは作品の世界観を見事に表していてベストチョイスなのだが、一方、自分がレンタルしたGEOオンラインで使用されているDVDジャケットは、あまりにもネタバレ過ぎという・・。

死刑囚として収監されている男の元に一人の人妻が足繁く面会に訪れるようになる。この女性、「自分は元恋人」だと名乗って面会を繰り返し、監視カメラ下の接見室で行われる二人の行為は次第に激しいものになっていく・・。

主人公の死刑囚が全く台詞を発さない。「うつせみ」「魚と寝る女」「メビウス」といったギドク監督作品ではままある設定なので、そこに斬新さは感じられないが、この役者、面構えに迫力があって、恐ろしく役にハマってる。なんと、演じたのは台湾映画界のスター、チャン・チェンだったとは。なるほど、韓国語をおそらく話せないであろう彼にはうってつけであっただけでなく、この面構えは重要なファクターなんでキム・ギドクが国を超えてキャスティングしたのも納得。

もう一人の主人公と言ってもいい人妻を演じたパク・チアも歌うシーン以外は作品全体を通して極めて台詞の数は限られるのだが表情で訴える演技が凄い。「ウェイト　呪われし存在の重さ」での性同一性障害の弟役を演じたのは、まさにこの女優さんだったんだ！！あの作品を見た時は、本当に最後まで女優さんが演じているのか？はたまた、本当にニューハーフの役者さんが演じているのか分からなかったほど高い演技力。でも、瓜実顔で、ある意味、「男顔」でもあるので、あの作品でのキャスティングも絶妙。

黒眼鏡にちょび髭生やした浮気夫を演じているのがハ・ジョンウとは、中盤まで気付かなかった。こういった役どころを演じる彼は珍しいし、普段の主役のオーラをかき消し脇役に徹する確かな演技力も備えている、本当に上手い役者さんだなあ。

さて、この作品、終盤にいたるまで、この人妻が本当に死刑囚の元恋人なのかが視聴者には分からない構成が上手い。また、監視下における接見室での主役二人の見せ場の盛り上げ方が実にいい。

終盤、夫が何故、妻をあそこに連れて行ったのか？そして、人妻は何故に接見室の最後のシーンであのような行動をとったのか？・・これだけは視聴者に解釈を委ねられる。個人的に、後者は何となくつかめたものの、夫の行為には謎。

皆さんはどう受け止められたのだろうか？