むっしゅたいやき

タタール人の砂漠のむっしゅたいやきのレビュー・感想・評価

タタール人の砂漠(1976年製作の映画)
4.3
『人生』の縮図。
ヴァレリオ・ズルリーニ。
原作はディーノ・ブッツァーティに由る同名小説『Il deserto dei Tartari』。
「Tartari」は欧州でのタタール人への恐怖を込めた旧称「タルタル人」に由来し、イタリア語での発音は“タルタリ”となる。
フォローさせて頂いている方がクリップされた事で映画化されている事が分明し、思わず歓声を上げた作品である。

私にとってブッツァーティは幻想文学、マジックリアリズムの人であるが、本作はそれ等ジャンルに該当せず、僻地の要塞へ赴任し、30有余年を送る主人公の姿を通し、運命の悲痛さと時の流れの重さを著した名作である。
映画化にあたり当然乍ら組み換えや翻案も散見されるが、一部エピソードの割愛等、編集面でも工夫されており、年代記に有り勝ちな複数エピソードの乱立による駆け足感は低減されている。
但しアメリングの死の責をマッティ少佐一人に着せ、人生に起こり得る『誰の責任でも無い不幸と引責』の描写を無為とした点、また新たな中尉との邂逅のエピソードやマリアの話を削って『時の流れ』『払った犠牲』の描写を薄めた点、更には原作に無い無駄な会食シーンや隊の反抗、オルティスの最後を盛り込んだ点には個人的に感心しない。

本作の主題に就いては、岩波版の訳者後書きへ寄せられている故・脇功氏の言葉を引用させて頂く。
『この作品の主人公は人生というもの自体である。いかなる職業であれ、ずっと同じ仕事に従事し、そうした意味では閉鎖的な、単調な日々を過ごさざるを得ないのが、大多数の人々の人生である。そして人々はそうした日々に耐えるために、なにか価値ある出来事が起こるのではないかという幻想を、期待を抱き、保ち続ける。しかし、その間にも時は容赦なく流れ去る(タタール人の砂漠,2013)。』
流石と云うべき、短くも本作の全てを表した文章であろう。

尚、本作には巨匠、エンニオ・モリコーネによる劇伴が附されている。
叙情的なその旋律は、脇氏の言う『何かの出来事が起こる事を、待ち続ける人々』を著した本作に、切ない詩情を与えている。
期待値が高過ぎただけに辛口のレビューとなってしまったが、荒涼広漠な礫砂漠の風景が妙に心に残る良作である。
むっしゅたいやき

むっしゅたいやき