Mayuzumi

血と報復の掟のMayuzumiのレビュー・感想・評価

血と報復の掟(1988年製作の映画)
3.4
 アレックス・マンが刑事の役をやっている。変態の刑事である。
 偶然通りかかった邸が二人組強盗に襲撃されている。マンさんは犯人の一人シン・フイオンを取り逃がし、腕に銃創を負って病院送りとなったのだが、何故か病室で一人ニヤニヤしている。被害者である人妻に一目惚れしたのであった。
 混乱に乗じて密かに女のポートレートを拝借してきた変態刑事は、夜中にそれを手にとって細部に至るまで凝視して愛でているのである。(普段はDon’t Forgetと印字されたクリップで写真をボードに留めている)
 その後職場の権力を用いて彼女の日記を入手したマンさんは、上機嫌にカウチに座ってコーヒー片手に熟読する。
「アントニー(人妻の夫)は警官のロボットを作ったわ。
 自分に似せて世界で一番カッコイイと自慢している。
 私言ってやったわ、ナルシストって」
 とかいう、謎な人妻の文言がひとつひとつ、アンビエントなシンセサイザーにのせて再現されていくのだが、驚くべきことに、彼は人妻の日記の続きを、交換日記ばりに書き足し始めるのである。ここから人妻と刑事の、日記を介したモノローグ合戦が繰り広げられるのだが、モノローグであるにも拘らず、いつの間にか日記の境界線を越えて会話が成立してしまう瞬間があって、もはや、精神崩壊一歩手前の演出であると言わざるを得ない。(ただし、このモノローグがダイアローグにスムースレスに移行し、人物の精神の境界が取り払われてひとつに融和する、という発想は、多分に中国的であるともいえる)
 そして、二人の仲を取り持つのがマンさんの部下の、若き日のチャウ・シンチーである。福祉施設で働く人妻の職場へ、知的障害者として潜入させられるのである。非道なマンは兄のふりをして彼女との会話の糸口をつかみ、警官嫌いの彼女との交流のためにひたすら嘘を積み重ねていくのであったが、それでも次のような、
「一緒に遊んで心を開こうとしても住む世界が違うんです。独りで遊ぶばかりで」
「普通ですよ」
 とか、あるいは、
「おっしゃる通りでした。弟のやつここへ来てるふりをしていました。本当は麻薬の運び屋をやっていたので閉じ込めてやりました」
「閉じ込めても反抗的になるだけです」
「分かります」
 といった会話は常軌を逸していると言わざるを得ない。人妻にとって、麻薬の運び屋は驚くポイントではないらしい。
 その後人妻が家に来ることになりテンションマックスでコーヒー沸かしたり、いい匂いのスプレーを狂人のような満面の笑顔で散布したり、チャウ・シンチーにそこのバナナをどけろと命令したりと、部屋のセッティングに余念のないマンさん。
 デートプランも巧緻に練り込まれている。自家用ヘリでドライブの後(曇り空である)、ビーチでワイングラスを傾け、最後は、隠れ家らしき洞窟の射撃場である。ここも的などが準備万端に用意されていて、この不倫企画者は前日に下見していた可能性が大なのである。人妻に「撃つ? スカッとするよ」とささやくシーンには何とも言えない、腹立たしい余韻が漂う。
 物語は中盤から香港映画らしく、唐突に血生臭さを増していくのがポイント高い。特に、XXXが首を絞められビニールを被され、更に水槽に頭をビニールごと突っ込まれて殺害されるシーンは本作の見所のひとつである。ラストのシン・フイオンとの対決でマンさんの取った驚愕の行動にも括目したい。
 ところで、例の人妻の日記であるが、最初にこれを持ち出したのはシン・フイオンなのである。それが邸の庭でマンさんと揉み合っている最中に落とし、鑑識に回ったのである。しかしこの点に関しては映画では一切触れられていない。誰も何も説明する気がないのである。


(補遺)
 本作の日本版ソフトは、私の知っている限りで、三つのメーカーから販売されており(VHS一本、DVD二本)、いずれも音声は広東語と記されているが、これは誤りで北京語である。というのも、日本版はすべて台湾公開版をベースにしているのだそうで(チャウ・シンチーファンサイト「算四荘」より)、確かに、香港版の原題は「捕風漢子」であるにも拘らず、これらのソフトでは冒頭に「英雄熱涙」のタイトルが(簡体字ではなく繁体字で)掲げられている。これは台湾公開時のタイトルなのである。
 今でも事情はあまり変わらないだろうが、特に八十年代から九十年代にかけて制作された香港映画は、右のように情報がかなり混乱している場合が多く、原題も言語表記も俳優名すら誤っている場合がある。そろそろ放課後に呼び出しをかけなければならないだろう。もし広東語版を観たいという方がおられたら、中国の動画サイト优酷youkuをたずねたらよろしかろう。ただし広東語版でもチャウ・シンチーの声は吹替になっているので、むしろアレックス・マンの声を聴きたい筋者にオススメである。
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