クリーニングの配達途中であろう男が、服を着たまま暗い海にドボンと落ちるところから始まる物語。
躁うつ病を患い、4ヶ月ほど前から実家暮らしをしているレナードは、過去のある出来事から情緒不安定な状態が続いていた。恋にも消極的であったが、同時期に出会った二人の女性の間で、彼の心は揺れ動く‥。
30を過ぎても両親に守られて、カメラマンという自分の夢を追うこともせず、ぬるま湯としがらみの中で動けなくなっているレナードの“くすぶり”が、痛いほど共感できた。
心理描写がどこまでも細やかだからこそ痛い。帰宅してすぐマッチを擦って、その火を眺めて心を落ち着かせたり。初めて行ったお店でマドラーを吸っちゃうあるあるがあったり。画面の中で確かに人が生きているのだ。
それはでも、ホアキン・フェニックスという俳優の存在は大きい。躁と鬱のそれぞれの場面で、いろいろな表情で魅せている。
「自分のことで手一杯なのに優しさを忘れない男」の役柄がぴったりだし、きわきわの危ういところで精神を保っている表情には、何度も吸い込まれかけた。
‥特に珍しいストーリーでもなく、派手さもない今作だけど。
自分がいて、親がいて、恋人がいて、他にもたくさんの人がいて、仕事があって、街があって、みんなそこで暮らしている。
この映画に描かれているのは、旅立つ勇気、手放す勇気、そして、戻ることのできる勇気 だ。