このレビューはネタバレを含みます
夢をどう位置づけるのか。
胡蝶の夢をご存じだろうか。ざっくりとだが、とある奴が蝶の夢を見て、俺ってもしかしたら蝶かも~、って悩みぬいたお話で・・・
で、それが何だと?
ここで問題となるのが、夢と認識したのはどちらだったのかということで。私は蝶かもしれないと考えた・意識したのはどちらだったのかと。その思考に至った側が実体なわけだ。とどっかで読んだ。
人間の体のときなわけだ。つまり蝶が人間の夢を見ているわけではなく、人間が蝶の夢を見ていたということになる。
この作品はというと、どちら側も夢であると認識している、としている。これを見せることで、どちらも実体を伴っているという思考に陥らせることになる。
これがおそらく最重要ポイント。あとは知らん。
最初の黒服を着ていたおばあさんが聞いていた留守電のメッセージ。終盤明らかとなるのだが、スーザンが残した最後の声だった。ここを真相が明らかになったところで振り返る。
あれは葬儀の後(前?)で、繰り返し繰り返し録音メッセージを聞いていたのではないかと。被害者家族は永遠に悲しみに苛まれることになる。それに対して罪人(加害者)はどうなのか。おそらくここにリンクさせたいわけである。