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フールズ・オブ・フォーチュンのTnTのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

 1920年、アイルランドによるイギリスからの独立戦争に苛まれる幸福なアイルランド一家。ハンス・ジマーの音楽がこれでもかと悲劇を強調せんとし、過去と現実のカットバックのしつこさが時折鼻についたが、アイルランドの歴史を知るには為になった。「イニシェリン島の精霊」と時代背景は一緒であるので、あの映画で掴みきれなかった背景の戦争、内戦の状況が知れた。それでも、やはり自国民向けなのであって前提となる事柄の説明は少なくてわからないとこもしばしば。

 今作は時制が複雑でノーランなみに錯綜している。そこで起きるのは楽しい過去の日々と辛い現実のクロスカットである。音楽は、この場合どちらか一方の時制に従属して、ある一方を異化効果で引き立てたりするものだが、音楽も合わせて代わる代わる変わる。しつこい…。特に恋人と結ばれる過去のカットにこれでもかと今の主人公の苦悩を入れ込むのも、興ざめ感(過去の一夜でムラつく男は果たして苦悩なのか?)。そんな主人公がいるのはアイルランドの西のトポスと呼ばれたまだアイルランドの元あるゲール語が話される土地で、祖国でありアイルランド人の原風景を、さも主人公の世捨て人具合を引き立てるのに使うのはどうかと思った。しかし「イニシェリン島の精霊」でもそうだが、岩だけの島ってビジュがもう強烈だなと、なんとなく不条理の香りもする。ちなみにベケットがアイルランド出身なのだが、あの広大なグリーンと灰色の遺跡がぼちぼち残っていたり、最果てのような島の風景がある国にて、描かれる不条理の風景は思い浮かべやすくなった。また、精霊や亡霊の逸話も両者ともに出てくる。

 イギリスは治安維持の名目で犯罪者集団を警察として雇い、俗にブラック&タンズと呼ばれる集団を作った。そこに対してアイルランド共和軍(IRA)がゲリラ戦を展開し、資金援助を主人公の一家が行う。それを一家にいたスパイの使用人に知られ、家をブラック&タンズに焼き討ちにされる(というのを調べてやっとわかった笑)。そこで目撃した主人公の恨みつらみが、生き残った母から引き継がれ、そしてその記憶は超能力を得た娘にまで引き継がれる。怨念は継承されていくように見えたが、その娘は唖になってしまう。ここでその悲劇の伝承は途絶えた。しかし、最後にその娘は観客の方に視線を向ける、アルカイックな笑顔を浮かべて(モナ・リザに似せていたように思う)。それは語るのではなく見よ(聖書の「come and see」的な?)という、映画的な終わり方をする。憎悪の連鎖を断つのは、あなた次第。

 ピエール・エテックスの「ヨーヨー」もそうだったが、富裕階級は、その寂れてしまった屋敷をもう一度復権したいという欲求があるのだなぁと。こうしたお屋敷映画はヘリテージ映画と呼ばれ、イギリスあたりで一時沢山作られていたようで、実際にそうした郷愁が民衆の一部に響いたのかなと。今作に関しては、アングロアイリッシュ人というイギリスに移住したアイルランド人という、よりアイデンティティの危機を抱いた人々の話であったので、更に複雑性があるが。
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