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不貞の女のnetfilmsのレビュー・感想・評価

不貞の女(1968年製作の映画)
4.2
 ヴェルサイユの郊外にある大豪邸、妻エレーヌ(ステファーヌ・オードラン)は緑溢れた庭に置かれた白いテーブルの上で、義母と写真を見ながら昔を懐かしんでいる。義母と夫の懐かしい写真、息子が生まれて初めての写真。あの頃とは体型が変わったと嘆く義母に対し、エレーヌはちっとも変わっていませんわと笑顔で答える。息子は摘んで来た花をブーケにして義母にプレゼントすると、彼女は大喜びし、孫を抱きしめる。その様子を見つめシャルル(ミシェル・ブーケ)の満ち足りた姿。正に絵に描いたような幸せなブルジョワジー家族の光景。夫はパリで保険会社の社長として会社を切り盛りしながら、パリから少し離れたヴェルサイユに大邸宅を構え、小学生になる1人息子を自然豊かな環境の中で育てている。夫婦は結婚11年目、義母と孫が仲良く話す後ろに置かれた青いブランコでは、夫婦が肩を並べながら優雅に揺れている。楽しい時間はあっという間に過ぎ、義母は自らが運転するメルセデスベンツに乗り込むが、日差しを避けるためのサングラスをサロンに置いて来てしまったらしい。取って来るよと声をかけ、夫は母のサングラスを取りに自宅に戻ると、突然の訪問に唖然とした表情を見せる妻エレーヌの姿。間違い電話ですわと言いながら、挙動不審な態度を取るエレーヌの不審な行動がきっかけで、夫は妻を疑い始める。

導入部分から開けっぴろげになる実にシャブロルらしい見事な手捌き。その夜の核家族3人での食事の席、女中が作ったゴージャスな肉料理をナイフとフォークを使って食べながら、シャルルはエレーヌの表情を伺い、目が合った瞬間優しく微笑む。その両親の様子をじっと見つめる息子の姿。白いテーブルでは楽しい会話はなく、不気味な沈黙だけが空間を支配する。息子を部屋に行かせた後、ソファーでテレビを見る夫婦の日課、モノクロの画面で演じられた凡庸なプログラムは突然止まり、TVモニターには「しばらくお待ち下さい」の文字が並ぶ。ブルジョワジー家族に忍び寄る静かな亀裂を、シャブロルはあえて凡庸な構図とライティングを駆使しながら、徐々に明らかにしていく。極端な露悪趣味、緻密なショットの積み重ね、やがて先にベッドに入ったシャルルは綺麗な姿勢で仰向けになりながら、天井のシミを見つめている。エレーヌは隣の部屋で華奢な足を椅子に置きながら、膝から足首にかけてゆっくりとマッサージしていく。その夫婦別々の姿は明らかにセックスレスな夫婦仲を暗喩している。夫は保険会社の社長として日々ストレスに晒され、休日は1人息子を見ることに手一杯で妻を愛する気力もない。そんな勃起不全な夫に対し、若い妻が満足しているはずなどない。ビール腹をカーディガンで隠し、髪の毛には白髪が混じる年齢に差し掛かった夫シャルルに対し、妻は女盛りの時期をみすみす奪われている。モード系のブルーのアイシャドー、真っ赤なピアスとマニキュアは妻から夫への無言のシグナルのようにも見える。

かくして夫シャルルの弱い疑念はある段階から、強い確信に変わる。曲がりなりにも社長として会社を引っ張り、毎月決まった給料を持ち帰って来る。1人息子も健気に育っている。妻が提案したヴェルサイユでの暮らし。女中さんを雇う生活は妻に不自由などさせていないはずだ。だが妻はあろうことか、夫の仕事の帰りを待つパリでの空白の2時間に浮気をしている。たまたま入った昼下がりの映画館、モード系のブルーのアイシャドー、真っ赤なピアスとマニキュアで決め、スカートから綺麗な脚が伸びるエレーヌを放っておく男などいない。ヌイイ=シュル=セーヌに住む大富豪は『いとこ同志』のポールを彷彿とさせる。高名な作家ヴィクトール(モーリス・ロネ)を休日に尋ねたシャルルは当初、明確な殺意など持っていなかったはずだ。彼はほんの少しの好奇心から、妻の浮気相手の生活を覗く。しかしほんの少しのきっかけが彼を衝動的な殺人へと駆り立てる。ベッドの脇に置かれた結婚3年目の1番幸せだった頃に妻に買てあげた装飾用の大きなライター。それを見た瞬間、夫はこの空間の全てのものが憎らしくなる。60年代中期、シャブロルの盟友にして可愛い弟的存在だったフランソワ・トリュフォーは『黒衣の花嫁』や『暗くなるまでこの恋を』において、敬愛するヒッチコック・タッチを模倣した。ミシェル・ブーケが出演した秀逸なサスペンスをシャブロルが無視出来るはずなどなく、トリュフォー以上のヒッチコック・タッチが冴え渡るサスペンスが今作である。まるで『サイコ』のような鮮やかな殺人シーン、凡庸に見えた画面設計を覆し、ズームインとトラックバックの合わせ技で夫婦の感情のズレを明らかにするクライマックス・シーンの美しさは、職人監督シャブロルの頂点に位置する。
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