フォードがオスカー5冠（作品、監督、助男、撮影、美術）を制した、イギリスのウェールズを舞台にした自伝的作品である。
少年のモノローグで家族のドラマを描く。前半はセリフがほとんど無い。末っ子ヒュー少年（ロディ・マクドウォール）の一家は父親ギルム（ドナルド・クリスプ）と５人の兄は炭坑夫だ。炭鉱の街の斜面が素晴らしい。仕事を終えて真っ黒に汚れた炭坑夫たちが歌いながら「坂」を下ってくる、家の入り口には母親ベス（サラ・オールグッド）が白いエプロンを広げて笑顔で待っていて、男たちは日銭を次々とそのエプロンに投げ込んでいく。兄弟の紅一点アンハード（モーリン・オハラ）が男たちの風呂にお湯を賑やかに注いでいく。このオープニングの男たちの帰還と待ち受ける女たちという構造は西部劇と全く同じである。「母親」はフォードの重要な主題だ。フォードが繰り返し描く「母親」は同一のイメージだ。でっぷりとしておおらかで肝が座っていて、いざという時は家族愛で大胆になる。「戦争と母性」「四人の息子」「怒りの葡萄」で描かれてきたようにフォードの「母親」は見事に一貫している。本作では「家族の頭は父で母は心臓だ」という明快なモノローグが流れる。吹雪の夜の集会に母親が単身乗り込んで演説する場面が素晴らしい。組合と揉めて孤立した父親のために演説する。そして凍てつく川へ転落してしまう。母親を救おうとヒューも飛び込む。ヒューは凍傷で歩けなくなる。母親も危篤が続くがなんとか目が覚める。母親が起きて、ヒューと再会して抱き合う、外では村民たちが群がってお祝いにくる、囲まれた玄関で感激する父親と母親、母親が「さあ、お祝いよ！」と叫ぶと群衆が家になだれ込む。この一連のフォードの捌き方はまさに至芸である。
そして本作の白眉の場面になる。もう歩けないと医者に言われたヒューがグリュフィード牧師（ウォルター・ビジョン）とリハビリする場面だ。山の斜面をヒューを背負ったグリュフィードが遠くから登ってくる。これをフォードは見事に横に伸びた樹木の幹ごしに撮る。決定的なショットだ。行き着いた場所は大きな樹木の下でヒヤシンス畑になっている。画面の上部は大きな幹にフレーミングされて、その下のヒヤシンス畑でヒューが懸命に離れたグリュフィードまで自力歩行を試みる。このロングのワンショットは神々しい美しさだ。奇跡のショットである。
フォードは「雨」だ。本作では父親と対立して炭鉱組合を作ろうとする息子たちが家を出て行く場面に雨が降る。
「窓」も印象的だ。本作は天井入れ込みのローアングルが多い。窓からの光と影が繊細に壁や天井に映る。人々が窓を覗く横からのショットも印象的だ。窓を覗くアンハード、ヒューの窓に来る鳥。モーリン・オハラが好きな人を二階のガラスごしに見つめるショットはフォード映画で繰り返される。本作もアンハードはグリュフィードをガラスごしに見つめる美しいショットがある。オハラといえば、真っ暗な部屋に灯りを点けるとそこに座っていて相手が驚くという場面もフォード映画で繰り返される。本作もグリュフィードが部屋の電気を点けるとオハラがやはり座っている。
「風」もフォードの主題だ。アンハードの結婚式の激しい風、ベールを吹き飛ばしそうな強風が印象的だ。
フォードは「群衆」を描くのが上手い。グリフィス譲りだ。本作も群衆の数が物凄い。そしてフォードは民衆の狡猾さまでも鋭く描く。
他にも本作はフォードの至芸を楽しめる。ヒューが坑夫になると言う場面のグループショットの長回しが素晴らしい。画面の手前にヒューと父親、奥に未亡人となった長兄嫁ブローウィン（アンナ・リー）と母親、ブローウィンは「まだ生きてるみたいなんです」と言って明るい窓外を見ている、母親がミルクを入れて手前のヒューに寄ってくる、ヒューは「炭坑夫になる」と父親に訴える、長いワンカットだ。複数のエピソードを的確なリズムでワンカットで描いてしまうフォードの至芸である。
本作はパラショットが美しい。二人の息子がアメリカに旅立ち、両親との別れの場面、立っている父親と息子、母親をもう一人の息子が椅子に座らせるパラショットが見事だ。長男が女王の合唱隊に選ばれて、村民たちとお祝いにゴッド・セーブ・ザ・クィーンを歌う最中、二人はひっそりとアメリカへ出発する。ちょうど本作を見た時がエリザベス女王の国葬と重なってたので印象的だった。
ラストの炭鉱の昇降台も印象的だ。炭鉱事故が起きてアンハードが心配するなか、父親が地下から上がって来ない、やがて空の昇降台が上がってくる。昇降台の縦の動きに全ての視線が集中する緊張感、フォードの巧さに唸るしかない。グリュフィードとヒューたちが父親を探しに降りる、水浸しの坑道にヒューの声が響く空ショット、この空ショットの美しさ！
本作はフォードの揺るぎない巨匠の至芸を堪能出来るマスターピースである。
20世紀FOX 白黒スタンダード。
