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沈黙の島のsleepyのレビュー・感想・評価

沈黙の島(1969年製作の映画)
4.6
人はみな「沈黙の島」*****




原題:EN PASSION, 米題:Passion of Anna, 英題:A Passion。日本劇場未公開、ビデオ未発売。邦題「沈黙の島」。これは過去の地上波放送時のもの(1977年3月10日TBS系。地上波以外は不明)。「アンナの情熱」とも。スエーデン、1969年、カラー(一部モノクロ)、101分。

シンパシー・自尊心の欠如、厭世、隔絶、偽善、無関心、軽蔑、贖罪、自責、抑圧、悪意、ディスコミニュケーション、嘘、破壊、破戒、サクリファイス。

ごく日常の、そして通常人の奥に潜む暴力、そして深く沈潜する激情。島はあくまで島であって永久に一つにならないように、いかなる永続的な関係を持てない個人。個であることを侵されたような心持というのは大なる小なり多くの人にあるものだが、本作での、人と人の隔絶感は凄い。独りでいることも恐怖であり痛みであり、2人でいることも恐怖であり痛み。

日本であまり本作に触れた情報がなく、import英語字幕盤ででも観る、という方のために設定を少し書く。知りたくない方は次の★まで飛ばしてください。
おそらく60年代。バルト海の寂れ、寒々しい島。そこに隠遁している男アンドレーアス(シドー)。電話を借りに来た足の悪いアンナ(ウルマン)。2人は少しずつ交流を始め、また同じ島にいる高名な建築家夫妻とも知り合う。アンナはこの島で前に運転中に事故を起こし、同乗していた夫と小さい子を亡くしていた。アンドレーアスには離婚歴があり、詐欺で有罪になった過去がある。エーリス夫妻は静かだが冷めきった夫婦。アンナの死んだ夫とエーヴァは昔、関係があった。そして映画に重大な役割を果たすのが、細々と生計を立ている男ユーハン。島で孤立し、言葉を交わすのはアンドレーアスだけ。ユーハンには精神を病んだ過去がある。或る日、島の羊が大量に屠られ、ユーハンは身に覚えのないのに犯人扱いされ、強迫の手紙が送りつけられ、同居し始めたアンドレーアスとアンナにそれを見せる。そして事件は起こった皆の間に不信・溝が生まれ、それは決定的になり、状況は静かに暗転していく・・。★

とはいえ本作はミステリー、犯人捜しの映画ではもちろんない。これらはアンドレーアスの仕業かも知れないし、アンナかも知れない。しかしこれは問題ではない。ベルイマンは筋を追いはしない。現実には真に解決することが何もないように、本作でも何も明確にされないし解決ももちろんしない。

LonelinessとSolitudeとIsolationという言葉がある。私は専門家ではないが、おそらくこの3語は一応区別される単語のはず。1人でなければ生きていけない人と2人でなければ生きていけない人。映画の5人はLoneliness, Isolation, Solitudeのいずれなのか。それとも無なのか。

静かな日常にあるダークサイドの存在。そして人の不合理な内面に淀むエモーションが確かに感じられる。これらを表する映像群。屠られた大量の羊、焼けた馬、薪を割り続けるアンドレーアス。テレビに映るアジアのゲリラの処刑フッテージ。アンナが見るモノクロの夢が強烈(焼け落ちる家、絞首刑にされる息子とその母親。謝罪と拒絶、彷徨と咆哮)。

本作はベルイマンのカラー映画2作目。撮影は超名手スヴェン・ニクヴィストクローズ・アップの凄み、深く青い青い眼・・。そして随所に現れる赤。消防車、コート、炎、何よりアンナのスカーフ。ベルイマンは赤色に意味を持たせていると思う。オリジナル音楽はないようで、主に既存のクラシック曲が使用されているらしいが、本編では鳴っていた記憶がない。おそらくほとんどなかったと思う(レコードのシーンを除く)。静寂が全編を支配する。

海外の複数のサイトは、本作に先立つ「狼の時刻」(Vargtimmen, Hour of the Wolf, 1968)「恥」(Skammen, Shame, 1968)と本作「Passion of Anna」は3部作の体を為しているとし、これらを「島3部作」island trilogyと呼んでいる(別途「ペルソナ」との類似点が指摘されている)。3部作に直接の物語上、固有の人物の連続性はないが、バーグマンが類似のテーゼを掘り下げたトリロジーと捉えることができるらしい。また、同年の「恥」の事実上の続編であるともいう(wiki. en.)。なお、合間の俳優たちへのインタビュー・シーンはフェイクということだ。

人には、その穏やかな海面とは異なる強烈な葛藤がアンダーカレントとして流れている。潮が満ちて少しずつかさを増していることに気付いた恐慌。無音の「叫び」と人を破壊する「ささやき」。人間はかくもややこしく厄介な生き物なのか。単に私が言葉を持たないだけかも知れないが、言葉を拒絶するような感覚がある。

そして最後の超ロングショット・長廻しと画像処理が忘れられない余波を残す。再見しながらこれを書いている今も胸がどきどきしている。ベルイマンは人間に絶望していたのだろうか。怖い。

★オリジナルデータ:
原題:En Passion, Sweden, 1969、オリジナルアスペクト日(もちろん劇場上映時比を指す)1.66:1、101min、Color (Eastmancolor), Black and White(dream sequence), Mono, ネガ、ポジとも35mm Film
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