ニューランド

ぼくらと遊ぼう!のニューランドのレビュー・感想・評価

ぼくらと遊ぼう!(1965年製作の映画)
3.7
ポヤルは、(当時新作の)『ナイトエンジェル』『飲みすぎた一杯』『りんごのお姫様』『冬の日』等、シリアス系はかなり前に(他作家とセット上映で繰返しのも)観ていたが、本シリーズ等、コミカル系はなかなかタイミングが合わない。今回一応日本最終上映であると出てたが、それらの日は仕事で全部アウト。そんなもんかなと諦めてると、YOUTUBEにある!! ついでに見てると、アレクセイエフ・大藤・バクシ・クチャと並ぶアニメ界最大の異能にして天才(と私の偶像化してる)、ドリエッセンの最高作『あやとり』もあり、久しぶりに、番外で溜飲を下げる。
これは、予想を超えて凄い、かわいらしいとか緊密だと云われがちの人形アニメ、或いはTV用で制約、というレベルでもない。2匹の子グマの、遊び・冒険・遭遇者らとの話で、ずる賢くて底意地もちと悪い大きい方と、人(クマ)がよくて振り回されるが・怒っても可愛い・仕草と表情チャーミングな小さい方。勝ちをかすめ取られ・食い物巻き上げられ・労力負担押しつけ、利用されまくり・恨みつのった時の顔は妙にリアルで微笑ましいのだが、後でいかがわしい奴と出会った時は、大きい方の嫌みな疑い深い性格が有効だ。美女には彼も振り回されっぱなしだが。コリーン市?出身の兄弟なのかも曖昧わからないうちに、探るより遊びへと精出し・軋轢・他者との遭遇も、時には雄同士の筈なのに夫婦に気付かずなってて子ももうけてたりもする。ふたりのキャラ対照・変化発展・自己の内からサブキャラ生まれの初期(’65~)から、あくどいゲストスターの動物・生物のウエイト高まる終期(~’73)へ、中盤の『冬眠』辺りがピークか。
とにかく奇想天外、かつインティミット、小生意気でいとおしい。藤子Aマンガの『怪物くん』のように、手足がグーンと伸びて、それ以上に感覚なのか実際なのか、メタモルフォーゼも自由自在。他の動物ばかりか、車等の乗り物・ロボットにも直感後、瞬時変わる。背景は抽象的で現実の場の力に縛られずフワフワと。ツルッと冷たい人形アニメのレベル超えて自然・動物・小道具・雪や水滴・泡や水面・飲食物まで素材が、現物以上に質感伝えるべく選ばれてて、圧倒的にに息づいている。そして、劇中劇・劇中イメージでは個性的天才的線描アニメも。スケール・実現イメージ、手法、展開、全てにおいて、このシリーズには限界がない、何でもあり得る・起こりうる。ただ、あまりに次々世界が更新されていくので、その斬新さ・豊かさの余韻に浸る暇がない。ただ、唖然・目を奪われていくばかりだ。先の怪物くんキャラたちの、赤塚マンガのドライ・破天荒に、ギャグを描いていた頃のつのだマンガの微細な気のまわし・動揺が合体した世界での活躍を描いた風。次々異世界・冒険・人間?味、スピルバーグの名物シリーズ『インディ・ジョーンズ』を明らかに上回っている。新東宝版『次郎長三國志』に迫る勢いだ。前半期は、寄り・寄る・ズーム他デクパージュも一般的劇映画的、アングルも立体的で、キャラクターに突っ込む。
『出会い』『水辺』『お魚』『帽子』『おかゆ』『冬眠』『セイウチ』『ヒョウ』『犬』『ビーバー』『カブ』らの諸作。アニメに限らず、映画を観るのに・生きるのに飽きてきたら、本シリーズを観るべし。気力が結構猥雑に沸いてくる。表情も固まってて動きも早まらず気品と超然性あるトルンカの峻厳に比べ、この人はあくまで先入観なく、自由だ。とりとめなく、どんどん外れ進み、予測してない所で終わるので、見終わった瞬間のインパクトという、他作の点付けの基準値が適用しにくくはある。ここ何日か空いた時間に観ていたので、このてんこ盛りと云うかゴリ押しというか、しかし心地いい充実に比べ、同時期に観た、居合いの達人みたく、分かる人には分かる勘所を極める省力とも捉えかねる『音楽』には、かなり戸惑った。
演出と美術、二人の天才が合体・いがみ合いながら作ったというこの上なく面白いシリーズ、もう1作品(シリーズ)あるわけで、それは上手くすれば劇場で観れるかもしれない。点数的には、上品・緊密・華麗・ムーディに作られた最初に書いた作品群が、もしかしたら若干上なのかもしれないが、今世紀に入っては観てないので見直さないと分からない、位に異質で微妙で、軍配をどちらかには上げかねる。
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