茶一郎

ファザーランドの茶一郎のレビュー・感想・評価

ファザーランド(1986年製作の映画)
3.9
 東ドイツで自由な表現ができなくなった歌手ドリットマンは、西ドイツに亡命する。彼の人生が、かつての反体制の音楽家であったため東ドイツを追われた父の人生と重なる。父の人生の軌跡を追う物語が始まった。

 1970年代から1980年代はケン・ローチ監督曰く「私にとって最悪の時代」だった。
 ドキュメンタリー作家から一転、1969年の『ケス』の劇映画作家として高い評価を得た監督は、イギリスの社会問題、政治、サッチャリズムに対抗するには「ドキュメンタリーしかない」とし、数々のドキュメンタリー作品を作るも検閲により発表する機会を失う。そんな不遇の時代を過ごした1980年代のケン・ローチ監督が、唯一発表した劇映画が今作『ファザーランド』である。
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 まさに当時、検閲により表現の自由を奪われた監督は、反体制歌手として祖国を失った今作の主人公と重なる。同時に、凶暴な犬に追いかけられ、壁を超えると、そこでピアノを弾くかつての父親がこちらに手を招いている、そんなストーリーに挿入される彼のモノクロの悪夢の通り、彼の亡命は父親の影を追う行為だった。
 母は「やりたい事と人生は別」と主人公を諭すが、彼には「歌」という「抵抗」しかなかったかもしれない。しかし、亡命に成功するも、彼が西ドイツで目の当たりにするのは、その「抵抗」が「商品」としか考えられない芸能業界なのである。

 ケン・ローチのクレバーさは、どんなジャンル映画を撮っても、それを自分の思想(作家性)の基盤に乗せることができ、しかも面白く作れてしまうということだと思う。加えて、ジャンルが折衷している作品が多いにも関わらず、しっかりとパッケージ化できているということに恐れ入る。
 今作も、音楽映画と思わせながら、いわゆる「ナチス・ミステリー」というジャンルに大きく舵を切る。
 (ちなみに、ケン・ローチ自身はこのジャンルの転換がどうにも上手くいっていなかったと思ったらしく、次作の『ブラック・アジェンダ/隠された真相』で同じ構造のストーリーを語っている。)

 父親の人生を知るということは、自分の出生、自分を知るということに繋がる。全てを知った後、聞こえる彼の歌は、祖国(ファザー・ランド)を失った男の最後の「抵抗」だった。
茶一郎

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