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舟を編むのカポERRORのレビュー・感想・評価

舟を編む(2013年製作の映画)
3.8
【辞書編纂ユニバース ~前編~『舟を編む』】

"言葉"は、地球上の生きとし生ける全ての生命の中で、唯一人間だけが紡ぐことを許された英知の結晶である。
私はそんな"言葉"を愛してやまない。
言葉を操り表現することにこそ、至上の喜びを感じる。
それ故に、映画の作中で"言葉"の虜となった者たちへの感情移入度たるや尋常ではない。
皆さんは、"言葉"に魅せられ、辞書編纂に魂を捧げた人々の物語を御存知だろうか。
奇しくも、邦画・洋画それぞれに、同じテーマを扱った作品が存在するのだ。
今回は、これらの作品を、身勝手ながら【辞書編纂ユニバース】と称して、前編・後編に分けて2作品紹介させて頂きたい。
併せて、浅学非才の小生が、何故"言葉"の魔力にハマったのか、その起源を綴っていきたいと思う。
どうかお付き合い頂きたい。

──────

『舟を編む』

『月』や『愛にイナズマ』で今話題の石井裕也監督が、三浦しをんの原作を映像化した2013年公開の作品。
あらすじは、出版社玄武書房に努める無口で人付き合いの苦手な変わり者、松田龍平演じる馬締光也(まじめみつや)が、『大渡海』という辞書の編纂プロジェクトに15年間心血を注ぎこむというストーリー。
宮崎あおい演じる香具矢(かぐや)との恋模様や、オダギリジョー演じるチャラい先輩社員 西岡との掛け合いを通じて、馬締の成長していく姿を映し出す一方、辞書編纂の地道な作業にフォーカスしながら"言葉"の魅力を丁寧に描いた作品でもある。
派手な演出や展開等は皆無ながらも、”言葉“の持つ温もりや優しさを、ゆっくり穏やかに語る作風で、私的には非常に好感が持てた。
私が子供の頃、本作に出会っていたら、もう少し高尚な文筆家になっていたかもしれない。
しかし、残念ながらそんな世界線は歩んでこなかった。
私が歩んできたユニバースは…

✤✤✤

私は幼少の頃、国語が大の苦手だった。
本を読むのが大嫌いだったし、作文や読書感想文の宿題に至っては、毎度母親に懇願して書いてもらっていた。
そんな国語嫌いな私が、言葉の魅力に取り憑かれた原点は、1980年代前半のテレビ・ラジオ黄金期の番組に他ならない…。

◆言の葉ファーストインパクト
~欽ドン!良い子悪い子普通の子/回文との遭遇~
私が初めて言葉の持つ魔力を目のあたりにしたのは、当時フジテレビで毎週月曜夜21時から放送していた〖欽ドン!良い子悪い子普通の子〗のお便りコーナーを観ていた時のことだった。
そこで私は、生まれて初めて高度な回文の存在を知ったのである。
回文とは、”上から読んでも下から読んでも同じ読みとなる文章“を指す。
「竹やぶ焼けた」や「確かに貸した」等がポピュラーだが、この番組で萩本欽一が紹介した回文は次元が違った。

『酢豚作りモリモリ食ったブス』

…私はすぐさまメモ用紙に平仮名で書き綴り、上から、そして下から声を出して読み上げた。
ヤバい…何ぞ、これ?
その後、回文の魔性の力に取り憑かれた私は、あちこちの文献を読み漁り、お気に入りの回文をネタ帳に書き連ねるのが日課となった。

『浦和は田舎と家内は笑う』
『イタリアでもホモでありたい』
『ヅラかワカメか分からず』
『ヅラとバレてもモテれば取らず』
『ロリコン外科医いいかげん懲りろ』
『ヘアリキッド ケツに付け ドッキリ…アヘ♡』

何というパワー。
こんな文が思いつく奇才は、もはや言葉の魔術師と言えよう…まぁ、どう考えても黒魔術だが…。
これが私の言葉の洗礼初体験だった。
自ら言うのも何だが、実に下世話極まりない。

◆言の葉セカンドインパクト
~アニメトピア/怪文との遭遇~
回文との出会いの後、今度はラジオ大阪(東京のキー局は文化放送)で毎週日曜夜22:00から放送していた〖アニメトピア〗というラジオ番組にて、言葉の衝撃第二波を食らうことになる。
2代目パーソナリティの田中真弓・島津冴子とサブレギュラーの三ツ矢雄二のコーナー…確か〖大は小を兼ねる/大小コーナー〗にて、生まれて初めて怪文と邂逅したのだ。
これは、”カナにして上から読んだ場合と下から読んだ場合とで全く意味が異なる文章”を指す。

『貯めな新潟、盆地と米を』
『波も出て、お盆小さく持ちにくい』
『飛べ飛べツチノコ』

…Filmarksの垢BANコードに引っかかりそうなので、敢えて下からは読むまい。
今や大御所声優、ワンピースのルフィ役でお馴染みの田中真弓が、あのどデカい声で読み上げていたのだから、音源が残っていたら確実にプレミアものであろう。
残念ながら私が毎週録っていたカセットテープは、実家でツチノコのようにベトベトに腐食して再生不能だった。
そもそも、こんなもんR指定もなく公共の電波に乗せて大丈夫だったのだろうか?…正に昭和の黒歴史である。
余談だが、私の実家には、本番組の公開録音時に撮った田中真弓・島津冴子と私のスリーショット写真がお宝として何処かに眠っている。

✤✤✤

こんな世界線を生き抜いてきた私も、今やブラック企業の中間管理職である。
幸い、言葉を駆使する業務とあって、その魔術の使い道は豊富だ。
しかし近頃は「それでもYouは日本人か?」とジャニー氏口調で疑いたくなる程、読み書きの拙い新人が多くなった。
先日も、当部の新人が送ってきた月報は、冒頭からこんな調子である。
「まだ分からないことばかりなので、毎日カポさんの言うことをメモして、帰ってからしっかり復讐したいと思います。」
…果たして、これは単純な誤字なのか、国語力の問題なのか、それとも…。
何にしても…頭痛が痛い。

『舟を編む』は現在U-NEXT、FOD、DMM TVにて配信中。

((後編に続く))
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