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ハハハのotomisanのレビュー・感想・評価

ハハハ(2010年製作の映画)
4.2
 映画監督の教授がカナダに移住すると聞けば、次回作は?どんなワークショップを?と来そうなもんだが、先輩の評論家が相手だというのに。ソウル郊外、山中の行楽地でばったり会って、話は先ごろ二人が訪ねた南の海辺、監督ムンギョンの実家のある統営での事に。一緒に行ったわけでもないのに。それから、何だぁこりゃな展開が延々続いてけむに巻かれてしまった。酒の肴に楽しい思い出ばなしを出し合うんだそうだが、聞いているとどうも二人で一連の話を語り分けているようで。
 あきれた事に監督の実家のふぐ料理店を接点に二人それぞれの恋愛譚を繰り出しあっているのだった。それなのに二人とも店主で監督の実家のおっかさんを相手にしながらきれいにすれ違って、話中互いの事にも触れているのに気が付きもしないようだ。しかし、ホン監督はどうもこれをすれ違いの喜劇として仕立てるつもりはないらしい。
 二人の話を結びつけるのは、辛口のいわばジョーカー、評論家の友人で詩人のチョンホ。その彼女に監督ムンギョンが一目ぼれしてしまい、尻の軽いチョンホの道草食いに嫌気がさした彼女が監督によろめくのをまんまと捉まえたかと思いきやチョンホとの事を散々見せてきた監督のおっかさんに会う段になって彼女は尻込みし興が覚めたようにチョンホと撚りを戻してしまう。
 楽しい話を出し合うはずが、妻子を捨ててまで女神と一緒になると叫ぶ評論家の能天気な幸せ振りに対して、横恋慕から始まってへろへろと食い下がって掴んだはずの監督Mの愛のなんと儚い事か。楽しい思い出ばなしのはずがどうなっている?
 まさかでもないか、これをネタにカナダで映画「ハハハ」を撮ろうというわけか?それならそれで叔母のDPE店に出稼ぎに行くより夢も希望もあろうというもの。失恋の痛手も無駄にはなるまい。
 そう、当時はまだ三年越し韓国通貨危機のただ中で、監督Mは教職もあぶれて元手も無し、映画どころではないわけで、評論家に至っては妻子を離縁までして恋ゆえ血迷うのか、それとも愛あれば、通じる道が見えてしまうのか?しかし、思い出の美しすぎて、一方迎えた現実の索漠たるところが白黒スライドショーと観えなくもない。女神と共にいようとも、新作のネタを掴もうとも、遂には画さえも現れず最後の乾杯だそうな。地に足を付けてみれば酔っ払いの覚束ない事よ。
 三十過ぎて何とも覚束ない二人きり(評論家の相方はどうした?)のともかく会えてよかった。あのときはよかった。が貴重に思えるのが不思議だ。
 二人ともどこかバカに見える結末の傍らで、なぜか恋を吸い寄せる詩人のそれでいて寄る辺ない風が、一刹那くっ付いては離れするいいかげんさが、やけに冴え冴えと現実味をもって感じられる。造船所の見えるあの部屋で元スパイ女と李舜臣フリークとを行き来して詩魂を深めるのだろうか。いつか、桟橋の狂人と対峙して詩一編の仕上げにしそうな気もするが、これはホン監督の領分ではなさそうだ。
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