きゃんちょめ

100万回生きたねこのきゃんちょめのレビュー・感想・評価

100万回生きたねこ(2012年製作の映画)
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【この絵本に内在する4つの衝撃】

⑴自己だけが自己を愛しているだけでは自己愛が完成しない。

⑵良い子よりも悪ガキのほうがいい。

⑶愛された人は愛せる人になる。

⑷愛されなかった人は愛せない人になる。


【⑴の根拠】
自分だけが自分を愛しているだけでは画竜点睛を欠く。それでは真の自己愛とは呼べない。そうではなく、たとえ自分がどんな状態になっても他人は自分のことを愛してくれるはずだという他人への信頼があってはじめて、自分をそれまでよりも遥かに強く愛することができる。真の自己愛は愛してくれた他者からの贈与品なのである。ここまで愛してきてくれた他者を信頼すると、それがそのまま自分を信頼することになって戻ってくる。

【⑵の根拠】
良い子だと、どれだけ親から褒められていても、テストで高得点を取るなど、良きこととされていることを自分がたくさんしているから褒められているかのように思えてしまう。それに対して、悪ガキだと、褒められたときにそのように受け取る余地がない。むしろ悪ガキなのに愛されているということから、愛してくれる者の愛の強さを察知しやすい。さらに、小さい頃に悪ガキでも大人になってから良い大人になれるが、小さい頃に良い子だと大人になってから悪い大人として羽目を外すのは非常に難しい。そしてそもそも、悪ガキの悪事の悪さなど、多くの場合は、たかが知れている。子どもが悪ガキとして暴れまわっていたほうが発育にもいい。さらに、子どもが変なことをするのを許容できる社会はポテンシャルが高い。放蕩息子の比喩やヨブ記など、聖書には頑張らなかった者が褒められる話や頑張った者が怒られたりする話が散見されるが、それも傍証として使えるだろう。

【⑶の根拠】
「自分はもう大丈夫だ。自分はもう十分愛されてきた」という信頼と安心感、そして自分が愛されている理由は自分の財産ゆえにではないと確信している愛されてきた人は、その財産を困っている人のために手放すことが容易になる。幸せのお裾分けができるようになる。自分が常に既に周囲の人に愛されていたから生きてこれたと気づいた人には、周囲の人にその返礼をしたいという気持ちが芽生えやすくなる。The beatlesの『アビイ・ロード』というアルバムに入っている「ジ・エンド」という曲がある。誰でも知っていることだが、この曲は素晴らしい。何しろほんの僅かしか歌詞がないのだが、これが極めて深いからである。音楽的にも、リンゴ・スターによるドラムソロは、現時点で聞いても、何度きいても、それでも未だに感動するほどである。

And in the end, the love you take is equal to the love you make.
あなたが手に入れる愛は最終的にあなたが創り出す愛と釣り合う。

とThe beatlesが述べていることも傍証として使えるだろう。ただし、注意すべきは、ここで言われているのが、「最終的に返ってくることになるのだから与えなさい」という規範の提唱ではなく、「与えたぶんは最終的に返ってくることになる」という事実の記述である、ということである。『100万回生きたねこ』という絵本の中で他人に100万回泣かれたネコが他人のために100万回泣くことができるのはこの事実に対応していると思う。

【⑷の根拠】
パノプティコンのなかにずっといて規範を押し付けられながら生活していると、いつも自分がその規範を守っているかどうかチェックされているのではないか、実は常に誰かに見張られているのではないかと不安になる。その不安を解消するためには、規範を内面化してしまえばいい。つまり、自分からその規範を好きになってしまえばいいのである。こうしてあれほど嫌いだった特定の規範が好きになるということが起こる。人は心の奥にある本当の希望が実現できないとわかったとき、自分の選好のほうを変えてしまうということがある。不幸な社会や制度の中で自分の本当の希望を突き通そうとすると、余計にフラストレーションがたまって苦しいから、そんなことをするくらいだったらいっそのこと諦めて、現状の不幸の中でせめてもの幸福を見いだそうとするのが適応的選好形成である。さらに、こうした苦労をしてしまった人は、他人が自分の受けた苦労をしないで済むのを見過ごせない。だから、好きにならされた規範を他人にも押し付ける。こうして過剰要求的な規範が上からだけではなく下からも横からも押しつけられるようになる。「なぜ自分ばっかりこんなにひどい目にあうのか、うらやましい」と憤慨して、他人を傷つける。自分の過去が無駄ではなかったと思いたい、自分の過去を否定されたくない、自分の過去に意味を見出したいという気持ちが働くためである。
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