湯っ子

ザ・マスターの湯っ子のレビュー・感想・評価

ザ・マスター(2012年製作の映画)
4.9
トム・クルーズも信者であるアメリカの新興宗教サイエントロジーをモデルに、教祖とその弟子になった男の師弟関係に留まらない、濃密な関係について描いた作品です。
教祖ランカスターを演じるのは、フィリップ・シーモア・ホフマン。弟子フレディを演じるのは、ホアキン・フェニックス。
とにかく、この2人の演技が凄いです。
とくに、ホアキンの凄まじさたるや…
彼の動きはほぼアドリブだそうで、撮影側も、彼の動きの予想がつかないため、全方位にカメラを置いて撮影したんだそうです。

この映画の最大の見せ場と思われる刑務所のシーンでは、感情を爆発させたフレディが、トイレを粉々に破壊してしまいますが、これもアドリブだそうです。
このトイレ、実は博物館の所有だそうで…
完璧さにこだわるPTA監督が、時代背景に合わせ、当時と同じ陶器の便器を使うため、博物館で撮影したのだそうですが、まさかこんなことになるとは…撮影スタッフみんなで青ざめたでしょうね。
そして、その場の全員が、何としてもこの後NGを出すもんか!と必死になったことと思います。演技のみならぬ緊迫感が漲る名シーンです。物語は、この2人の出会いから別れまでを描いただけなのですが、この2人の関係に教祖ランカスターの妻ペギーが絡み、3人の愛憎がもつれるパワーゲームを、説明的な描写は一切なく、印象的なシーンを繋ぎ合わせる形で綴られていきます。

この作品では、PTA監督は撮りたいシーンを順番関係なく撮り、それを編集したそうです。
細部に渡り完璧に作り込まれた背景と人物像を用意して、あとはその人物たちの動き出す様子をおさめ、編集で物語にする方法。お膳立てこそすれ、まるでドキュメンタリー映画のような製作工程。そして、この映画は、ドキュメンタリー映画のように鑑賞するのが良いかと思います。
メッセージや筋書きではない。ただ、この人間たちのありようを見よ。そして感じろ。そういう映画だと思います。

ホアキン・フェニックスは、この「ザ・マスター」の7年後に「ジョーカー」に出演し、アカデミー主演男優賞を受賞しますが、「ジョーカー」はこの「ザ・マスター」でのフレディありきのキャラクターではないかと思います。
「ジョーカー」も、もちろん素晴らしい作品ですが、ジョーカーの行動には全て理由付けが可能なことに対し、この「ザ・マスター」のフレディには、不可解さや謎の部分が多いだけ、私はより魅力を感じます。
湯っ子

湯っ子