CANACO

博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったかのCANACOのレビュー・感想・評価

3.9
米ソ間の「核抑止」と「相互確証破壊」を、キューブリック監督がブラックコメディに仕立てた作品。原作『Two Hours to Doom/Red Alert』がイギリスで刊行された1958年も、1964年の映画公開時も米ソ冷戦期だった。

強い反ソ(反共)主義の司令官が、異常な妄想に取り憑かれ、誰の許可もとらずに、核兵器が搭載された34機の爆撃機に対して「R作戦」の実行を命令するところから始まる。

R作戦は、相手国より核の先制攻撃を受けた際に報復として核爆撃を行うというもの。しかし、一切攻撃を受けていないのに命令が出ていることに米軍タージトソン将軍と、派遣滞在中の英空軍大佐が気付き、それぞれ動き出す。そこから爆撃機の呼び戻しにアメリカ中枢部が血眼になる物語。

コメディ役者のピーター・セラーズが三役演じているのが見どころで、ただの変装という域を超えて上手く、アカデミー主演男優賞にノミネートされている。その三役がどれも印象的な演技で素晴らしいが、中盤からのストレンジラブ博士の存在感は独特で圧倒的。1974年放送開始の『アルプスの少女ハイジ』よりはるか前の「クララが立った」的シーンが見られるのも新鮮。

リアリティがあり、皮肉強めでありながら面白い。CGのクオリティは仕方ないけど、原作を踏襲した作戦実行までのスリリングな展開はさすがだし、終盤は面白要素も倍増。ブラックコメディとしてちゃんと笑えた。カットしたというパイ投げのラストは多分やりすぎだから、このラストでよかったと思う。

キューブリック作品は今見ても新しい。どうか現実がこのコメディを超えないように。


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□メモ
1964年公開のスタンリー・キューブリック監督作品。原作はピーター・ジョージの『破滅への二時間』。脚本はキューブリック、ピーター・ジョージ、テリー・サザーンの共作。イギリス・アメリカ合作映画。原題は『Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb』。

核兵器を保有するアメリカとソ連は、核戦争で国が壊滅することを恐れる核抑止(恐怖の均衡)によって平和が保たれていた。

1960年頃から、核の先制攻撃を受けたら、報復として相手国を壊滅できるほどの核戦力(具体的には原子力潜水艦)の実戦配備を始めていて、1965年にマクナマラ米国防長官がこの構想を「相互確証破壊」として打ち出したという。両国が確実に報復することを保証することで先制攻撃を抑制、ひいては核抑止につながるという。

キューブリックはこの構想こそがコメディだと考え直した。原作者のピーター・ジョージとともにシリアスな脚本制作を進めていたが、コメディ小説『マジック・クリスチャン』を書いたテリー・サザーンを呼び、ブラックコメディへの脚色を依頼したという。

そのピーター・ジョージが1966年にショットガン自殺したことを知り、ショックだった。

第二次世界大戦後に始まった冷戦は、1986年に皮肉にもチェルノブイリ原発事故が起きたこともあり、1989年にゴルバチョフ書記長とブッシュ大統領が終結を宣言した。1991年にソ連解体。
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