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東ベルリンから来た女のodyssのレビュー・感想・評価

東ベルリンから来た女(2012年製作の映画)
3.5
【自転車に乗る女】

私の住む地方都市の劇場には来ず、DVDにて鑑賞。

ベルリンの壁崩壊の10年近く前、1980年のお話です。つまり、ドイツが西と東に分かれていた時代。舞台は社会主義国家東ドイツ。故あって首都ベルリンから左遷されて田舎の町に勤務することになった若い女医をめぐる物語。

東ドイツのシュタージ(秘密警察)による監視体制がなかなかリアルに描かれています。室内の検査、そして女性のシュタージによる体内検査まである。屈辱的ですね。

作中、ヒロインが自転車に乗るシーンが多い。誰かと一緒にも乗れる楽な自動車ではなく、自分でこがないと動かない一人乗りの自転車であるところが、単独行動を旨とする彼女の性格をさりげなく示しているようです。

しかし彼女は他方で、田舎の病院に勤務している男性医師アンドレから好意を寄せられる。彼は監視役も兼ねているわけではあるけれど、さりげなく親切にしてくれるし、誠実そうだし、社会主義体制内の医師として精一杯の努力をしている。日本でも勤務医は結構きつい商売のようですけど、この東ドイツでの医師たちの勤務もかなり重労働のよう。それでも、待遇面からいうと一般の労働者たちよりマシなんでしょう。作中、そういう意味の標語のようなものを口にするシーンがありました。

彼女は西側の恋人と密会して、脱出の手はずを整えていく。

でも、彼女は西側へ出国申請をしたから当局からにらまれて田舎に左遷ということらしいのですが(これ、映画内では分からない。作品サイトなどの説明によるとそうらしい)、育成するのにお金がかかる医師を東ドイツ政府がそうそう簡単に手放すわけがなのは当たり前だし、そもそも出国申請するという行為が危険なものであることは自明だったはず。東ドイツの外に出たいなら、正面から申請するのではなく、作品の最後に示されているような非合法的なやり方をするのが普通じゃないでしょうか。

西側の恋人がこの映画ではどこか浮ついて見えるのに対し、ヒロインに好意をよせるアンドレが、ハンサムだしいかにも誠実そうだし、だんだん魅力的に思えてくるわけです。

すでに東ヨーロッパの社会主義体制が崩壊して30年がたっています。歴史的に見て、社会主義(この場合は西欧型の議会制民主主義に基づくものではなく、一党独裁のマルクス=レーニン主義体制を指します)が何だったのかの評価も定まっていると言っていい。しかし、社会主義国家に生きていた人間がすべて悪人だったわけではない。どんな国家であれそれなりに誠実に生きている人間はいたのであり、この映画も言うならばそういう平凡な真実を提示しようとしたのかも知れません。

「おかれた場所で咲きなさい」なんてタイトルの本が最近日本では売れているらしいんですけど、この映画を見ていて何となくそのことを思い出しました。
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