トンボのメガネ

風立ちぬのトンボのメガネのレビュー・感想・評価

風立ちぬ(2013年製作の映画)
4.4
※他ブログからの移転の為、投稿日にズレがあります。

声も含めて全てが意味のある演出。

昨日の金曜ロードショーで3回目の鑑賞になるが、1〜2回目を経てようやく辿り着いた感想は謎を解き終えたような気持ちでいっぱいだ。

映画館で初めて観た時は、無性に腹が立ち、一緒に映画を見た人に悪態をついたのを覚えている。

堀越二郎にライドすることは到底出来ず、妻の菜穂子の目線で見てしまい、主人公のあまりの自己中心的な感性を宮崎駿に重ねて激怒した。

この怒りは、長嶋茂雄が奥さんが亡くなった次の日に野球観戦に行った、という報道を見た時の嫌悪感に似ていたと思う。

ただ、映画評論家の町山氏による制作裏話を耳にしたことにより、この映画の印象が一変した。

風立ちぬの試写会に、主人公の声を務めた庵野秀明の妻の安野モヨコさんが来場されていて、観終わった後に涙を流していたと言う話だった。
その話が気になり2度目の鑑賞をした。
そして気づいた。

堀越二郎は宮崎駿の一部であって、庵野秀明でもあるんだなと…
堀越二郎には彼の中の独特の世界観があって、それは誰も侵すことの出来ない聖域のようなものに感じた。その聖域を深く理解した上で寄り添う菜穂子の気持ちがクリアに伝わってくる構造になっている。
その為に、感情が見えない庵野秀明の声が必要だったのかもしれない。

惚れた方の負け…何か偉業を成し遂げるような人に寄り添うこととは、自分の身を捧げることなのだと。
良い悪いとかの問題ではなくて、そんな人を好きになってしまったから仕方ないのだ。その人の持つ才能、使命も含めて愛していると言うお話なのだから。

この作品が凄いのは、堀越二郎側の側面を持ちつつも、菜穂子の想いもしっかりと理解した上で宮崎駿が赤裸々に作っていることなのだ。

強烈なカミングアウトを土台に、色んな風刺をのせ、普遍的なメッセージまでのせてしまっている。
こんな芸当ができるのは、菜穂子の気持ちを理解できてしまう宮崎駿だからこそであって、そこが堀越二郎である庵野秀明との最大の違いでもある。

もう一つの視点で言うと 戦争という悪魔のイベントにより驚異的なスピードで技術革新が行われていた過去の時代の再現だ。

平和な今では想像もつかない予算とスピードで兵器が作られていた時代…アメリカが月に行ったのも同じ話で平和な今では同じことはできない。

そのような特殊な背景の中で、人には真似できないものを作り上げる天才であり、サイコパスでもある。
人の気持ちを汲み取っていたら聖域は作れない。

天才達を支えた人達も一般的な幸せは味わっていないかもしれないが、特別な時間を送っていることは間違いない。
何より本人達がそれを選択し、満足しているはずだ!
と、2回目の鑑賞では折り合いをつけた。
たしかに宮崎駿は天才だしなと…

そして、3回目の昨日。
全てを俯瞰してこの作品を作り上げている宮崎駿が本当に伝えたいことはなんだろう?と新たな疑問が湧いた。

改めて見ても、堀越二郎は飛行機とアイコンとしての女にしか興味がないサイコパスだし、この作品全体を覆う不気味な空気感。

意図して作っているなら、最初に感じた怒りは間違っていなかったのでは??
要所要所に散りばめられる、飛行機を作ったことによる犠牲の数々。
軽井沢でカストルプが語っていた皮肉。

宮崎駿は本当にこんなサイコパスな男に敬意を払っていたのか?今までずっと大切に紡がれいた作品を否定しているとも取れる作品を最後に残して…

一晩もやもや考えた結果、私は結論を出しました。

宮崎駿は、虚構の世界であるアニメからいい加減卒業しろよとでも言いたいのでは?
そんな風に感じた。

宮崎駿が引退したら、次は誰がその後継者となるのか?
そいつが作るものは本当に皆がハッピーになるものなのか?
お前らが崇拝してる奴らはこんなクレイジーでサイコパスな奴らなんだぜ?と…

堀越二郎が作ったゼロ戦は、世界最強と呼ばれた伝説の戦闘機でもあるが ゼロ戦に乗り込む人間のこと、この戦闘機が誕生することで、どれだけの犠牲が生まれるかを一切考えずに作られたサイコパスの極みのような兵器の側面もある。

それを宮崎駿が賛美するだろうか?
庵野秀明にのせて作る意味も含めて深読みをしてみると色んな違和感が解消された。

かつて、とあるアニメーションのプロデューサーがコミケの誕生を見て絶望していた。

このままでは、アニメーションがオタク達に奪われてしまう。
それでいいのだろうか?と。

そのメッセージはアニメーションの未来を担う宮崎駿にも届けられていたはずで…

アニメーションは素晴らしいコンテンツだが、麻薬のような側面もある。
無意識の悪意に満ちた作品も沢山ある。

もう少し用心してエンタメを喰らわなければならないなと…気付かされた。

この世に正解なんてない。
でも自分の求める真実は自分だけのものだ。

もしかしたら宮崎駿を嫌いになりたくなくて、この結論に至ったのかもしれない。
宮崎駿は変態で天才だ。