高畑民俗絵巻、成る。
生と死と欲望のある汚れの地、地球を恋焦がれた月の民、かぐや姫。
「生きるために生まれてきたのに、私は何をしていたのだろう」
「あんなこと何でもないわ!生きている手応えがあれば、幸せになれた」
「俺はお前と逃げたいんだ!」
80歳になってこんなキラキラ恋愛映画を作れるのが本当に凄い。
人々の一つ一つの表情、動き、喜怒哀楽まで豊かに表現される。
あたかも高畑さんがアニメーションの原点とおっしゃられた絵巻物のようだった。
民俗学的考証もしっかりしている。
かぐや姫が田舎を訪ね、そっとお椀をおかれるシーン。これは乞食に間違えられたのだろう。平安期の乞食はコツジキといい神の使いのようなイメージで存在しており、決して蔑まれたものではなかった。
かぐや姫は月からの神の使いであるし、面白かった。
仏教的価値観での幸せとはあらゆる感情や欲望の波風を無くし、あるがままの心を見つめることを言うが、果たしてそれは人間にとって幸福なのだろうか?
月からの使者はさながら、阿弥陀聖衆来迎図のようで、その価値観を象徴している。
人間的な感情を望んだというかぐや姫の罪と罰。知恵の実を食べたアダムとイブ的な原罪を背負い、地球に降り立つ。
それでも悲しみも喜びも全部含めて、生きていることを実感することが幸せなのではないか?映画ではそう問いかける。
「この地に生きる喜びを!」