まさか

シュガーマン 奇跡に愛された男のまさかのレビュー・感想・評価

4.5
多少ネタバレのレビューです。なるべく抑えて書いたつもりだけど、ヤバイと思ったら読まないでください。

ボブ・ディランの不朽の名曲「風に吹かれて」がリリースされたのは1963年。それから約5年後、似たような歌唱法と並外れて優れた詞により、一部のファンの間でディランの再来と騒がれたギタリストが西海岸にいた。プロの評価も悪くなかったが、デビュー作とそのすぐあとに出したアルバムはどちらも惨憺たる売上げに終わる。傷心の男はアメリカのフォークの歴史に一瞬の輝きを残しただけで、音楽シーンの表舞台から忽然と姿を消した。

しかしそれから10年後、彼が作った歌は本人も知らぬうちに海を隔てた外国に持ち込まれ、絶大な支持を得ることになる。正体不明のギタリストは、その国では代表曲のタイトルを借りてシュガーマンと呼ばれた。海賊版としてリリースされたアルバムは50万枚を超えるセールスを記録し、違法なレコード会社を大いに潤わせた。紆余曲折をへて本人がその事実を知るのはさらに10年後。つまり1990年代初めのことだ。

そこからにわかにシュガーマンの身辺は賑やかになる。日銭を稼ぐ生活に追われていた身にとって、天が落ちてきても不思議ではないほどの出来事が起きた。だが彼は木々の枝葉が風を受け流すように事態を淡々と受け止めた。目の前の状況を拒絶もしないが、浮き足立つこともない。非日常を経験しながら、昨日と同じ今日を生きた。まるでそれが一族に代々伝わる大切な教えであるかのように地に足をつけた暮らしを守った。

謎の多かった男の名前は、ロドリゲス。今では世界中が知っている。たった1本のインディペンデントなドキュメンタリー映画が彼の驚くべき半生に光を当てたからだ。ここから先は、さらにネタバレになるので書けない。でも、文字どおり事実は小説より奇なり。まだ観ていなければ自身の目で、耳で、映画を味わってください。観終わったあと、きっとしばらく席を立てなくなる。

彼が作った音楽の素晴らしさは疑いようもないが、その人物の素晴らしさを、どう表現すれば伝わるだろう。うまく言葉にするのは難しいけれど、これだけは言える。たとえ海を隔てた外国であっても、同時代にこれほど高潔な精神の持ち主がいるということーーそのことを僕はお天道さまに感謝したいほどだ、と。
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