やきうどん

容疑者X 天才数学者のアリバイのやきうどんのレビュー・感想・評価

2.5
容疑者Xの献身の良かった点をことごとく無意味な改悪してる。
母と娘設定を伯母と姪設定に変える意味がわからない。作品内でそれに対するエピソードを追加してる訳ではないし、何故こんな無意味な事をしたのか謎。親子よりはどうしても絆が薄まる感じするし、意味不明過ぎる。

そもそも映画版容疑者Xの献身は、ドラマ版ガリレオでイケメン天才学者福山雅治をさんざん見せつけられて、その存在を視聴者は十分理解して認めてる上で成り立っている。だから、あの湯川学が負けを認めている様な頭脳の持ち主という設定で石神の天才ぶりが簡単に受け止められる。わざわざ毛髪を抜いてうだつのあがらない雰囲気にした堤真一と福山雅治のコントラストがあの世界観を作っていたのに、特段天才とは思えないひょっこりはんと体育会系の叩き上げ刑事でどうやって頭脳バトルを繰り広げる事が出来ようか。あの湯川が論文を判定してくれと石神に頼んだシーンとか、湯川を見て「君は若々しくていいなあ」みたいにぼそっと石神が呟くシーンとか、良かったシーンがいろいろなくなってて、その分他のエピソードが追加されてる訳でもなく、挙句の果てにはビッチ伯母が「気が済む様に私を抱きなさいよ」とかキレまくる始末。

松雪泰子の存在が容疑者Xの献身にとって一番重要だったと再認識させられた。石神が首を吊ろうとした時に呼び鈴が鳴ってドアを開けた時のあの母娘のキラキラ感。天国の扉を開けた位に輝いていた。ある種、命を救ってくれた母娘にだからこそ石神は間違った選択で献身したのであって、第一印象で「ウブなタイプはイヤ」とかのたまうビッチ伯母にはそこまでの感情は芽生えないだろ。エロとか母性とか全ての要素が備わった松雪泰子の母親役だったからこそ石神は憧れ全てを捧げようと思ったんだろ。

冒頭の病院のシーンもほんといらない。石神の自殺のシーンで石神と母娘が初めて顔を合わせるから、石神は余計に神々しく感じたはず。何度も顔を合わせた後にひょっこりはんが自殺を試みたのでは伯母姪への執着や憧れを感じられない。

無意味な改変ばかりで、この作品だけを見ればそれなりに楽しめるかもしれないけど、容疑者Xの献身を見た後では物足りなさと糞詰まり感しか得ることが出来ない。リメイクするなら、ビョン様かヨン様を主役にして天才物理学者役でドラマ化の後、映画化すれば良かった。いじる要素が全くない作品を妙な自我で汚すな。
やきうどん

やきうどん