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ハーヴェイ・ミルクのNMのレビュー・感想・評価

ハーヴェイ・ミルク(1984年製作の映画)
4.0
ドキュメンタリーとして観始めてびっくり。かなりびっくり。
映画より映画的。
彼とそのムーヴメントについて何も知識がなかったので、まさか、嘘でしょ、と驚きながら観た。
これは啓蒙とか抜きにしても(抜けないけど)彼を全く知らない人には特に、単に映画としてもお薦めできる。
もちろん正義とは何か勉強になったし、何より難しくない。

ミルク氏が政治家を目指すところまではまだ普通にドキュメンタリーという感じ。
ムーヴメントが盛り上がり群衆が七色の風船を飛ばすシーンはまさに希望や未来を感じた。(実際には風船を飛ばすと落ちた時動物に被害があるそうなので反対だけど。)

何度か出馬したのち当選。
彼はゲイが差別や迫害を受けない社会を目指した。なぜなら自分の半生で充分経験していたから。さらにユダヤ人は同性愛など厳禁だからなおのこと大変だっただろう。

ゲイだからといって差別して良い社会だとどうして問題かというと、差別がゲイ以外だけじゃ済まなくなるから。じゃあそんな社会で、黒人は差別されないか、老人は疎外されないか、移民は、アジア系は。
考えれば当たり前の話。ゲイだけを差別する社会というのは成立し得ず、弱者や少数派を迫害する社会、となる。
だから彼はゲイだけが助かれば良いとはもちろん考えていなかった。

ミルクが聖人に描かれていないのも良い。もちろん正義感の人だが、気取るところがなく下品な冗談も言うし写真店時代は疲れるとよく癇癪を起こしたという。
政治家になっても差別の目は耐えなかった。ゲイは犯罪者とか変人とかクリスチャンになればゲイが治るとか大勢見ている前で真っ向から言われる。

ダン・ホワイトが当選したばかりの様子を見ると、私には理想に燃える礼儀正しい青年に見えた。そしておぼっちゃんという印象も受けた。支持者の多くもそうだっただろう。
しかし実際の彼は、自分は優しく好青年なのだという傲慢があり、自分の主張は正しいので当然みんなに受け入れられる、という甘さがなかっただろうか。もちろん若い時はみんなあると思うが、政治の世界に入ったなら若いからは言い訳にできない。社会はそんなに簡単じゃないし政界ならなおさら。彼自身がすぐに成長しないのなら彼は政治に向かない人と言える。実際それができなかった。
徐々に仕事の辛さに音を上げ始め、突然の職務放棄。政治の仕事が辛いことは見通しておくべきだったし、耐えられなくなったならそれなりの手続きを取るべきだった。
支持者たちがわざわざやってきて慰め励ますとやっと機嫌を直し、辞職を取り消したいと言い出す。
まったく子どものわがままのよう。

辞職の取り消しなど無理だとわかると、すぐさま庁舎内で市長とミルクを射殺。弾が無くなると予備の弾を込め直し、さらに二人に死体撃ちまでしている。
誰がみてもという事件なのに、裁判の雲行きがあやしい。陪審員はみなホワイトと同じ考えを持つ人だった。
有罪立証までに三日もかかり、最終的量刑は禁錮数年、仮釈放もあるという結果。

彼の自白証言テープが白々しい。
幼い子どもが...家族とも苦労して...ミルクを信用してたけど嘲笑されてつい...しくしく...。
しかもそれが陪審員にはしっかり有効だとは。あとジャンクフードの食べすぎのせいだという弁護はなんなんだ。
辛かったからは殺人の言い訳にならない。仮に本当に誰かに冷たくされても正当防衛でもないかぎり殺していい理由にはならない。

これは二人の殺害に悲しみ怒る人々にも言えること。
正義が行われないならこっちも暴力でやり返す、というのは間違っている。復讐はいけない。

「彼が市長だけを殺したのなら終身刑だっただろう」
この言葉が全てを物語っている。

2人を銃殺した男が数年で出所しその後何の精神的診療も受けずにいたことは、たった三十数年前の出来事だということを心に留めたい。

メモ
クアーズ...多分ビールのメーカーCoors。
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