かなり悪いオヤジ

プライズ〜秘密と嘘がくれたもの〜のかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

3.8
原題『PRIZE』とは“賞”のこと。そのタイトル通りベルリン国際映画祭で銀熊賞に輝いた本作から受けた第一印象はその“力強さ”。小学生の女の子とその母親、そして学校の女友だちと女教師というシンプルな登場人物構成ながら、女流監督さんの自伝的作品というだけあって表現に“嘘”がないのである。

物凄い海風がびょうびょうと吹きすさぶ砂浜で一人ローラースケートに興じる少女セシリア。この映画冒頭シーンを見ただけで、この親子がただならぬ事態に追い込まれていることがひしひしと伝わってくるのである。1970年のアルゼンチン、軍事クーデターで発足したオンガーニア政権に対し学生が反旗を翻し暴動が全国に広まった時代のお話だ。

軍の弾圧で母さんの従兄弟や父さんが命を落としてしまったことを聞かされるのだが、その意味をまだ理解できないでいたセシリアは、軍が企画した作文コンクールに本当のことを書いてしまう。元々作文の才能があったセシリアは、母親と女教師からたしなめられ書き直した愛国的な“嘘”の作文が、軍部の目にとまり最高賞を受賞することになるのだが.....

海辺の荒屋で人目を避けるように生活している親子は、映画『ルーム』の監禁親子のようではあるが、一歩外に出れば殺されるかもしれない緊張感、そして社会の逆風にさらされながらもがき生活する親子の逞しさは、本作の方が数段まさっているといえるだろう。少なくとも本作のセシリア親子には“信念”があるからだ。

私は本作をみて、ウクライナ危機において情報統制の憂き目にあっている人々のことを思い浮かべたのだが、たとえ自由を勝ち取ったとしてもその先に待ち受けるのは欧米自由主義者による“格差”“搾取”という新たな地獄。その“PRIZE”に預かれるのはごくごく一部の集団に過ぎないのである。

元々の支配者から攻撃を受けた時、自国を自分たちの手で守るという“信念”を捨てた人々は、ネオナチというファシスト集団に自国の運命を託すという、本末転倒な選択をとらざるを得ない状況に陥っているのである。まるで、“悪いウソ”をついて無二の親友に見放されてしまったセシリアのように。

母親の反対を押しきって軍による受賞式に出席したセシリアは、前列にいた親友にだけ本当のことを打ち明けるのである。「パパはあの人たちに殺されてしまったの」作文賞よりももっと大切なものを神様から頂戴したセシリアだが、強風吹きすさぶ海辺で一人号泣するのである。けっしてついてはいけない嘘をついたことを後悔しながら.....