蛸

侵入者の蛸のレビュー・感想・評価

侵入者(1962年製作の映画)
4.1
ロジャー・コーマンが撮った唯一の「金目当てではない」映画として有名な作品。
黒人差別感情渦巻くアメリカ南部を舞台に、人々を煽動する謎の男(アダム・クレーマー)が引き起こす物語を描く。

アダムを演じるのは、カーク船長でおなじみウィリアム・シャトナー。
彼は映画のオープニングで不穏極まりない音楽と供に登場する。列車の車窓から舞台となる街を見回すアダム(ご丁寧に正体不明者としてのサングラスを身につけている)。
二重のスクリーン(車窓とサングラス)を介して街を眺める姿によって、否が応でも彼の、舞台となる街に対する他者性が際立つ。まさしく「侵入者」の姿を映したオープニングだ。
※米版タイトルは『The Stranger』らしい。

街では学校の人種統合によって人々の間に波紋が広がっている。侵入者たるアダムは人々の間にある差別感情を煽動していく。
彼は、一見紳士的で人好きのする性格の持ち主だがその実、ゲスな小物でもあるという絶妙なバランスのキャラクターだ。
彼が窓から遠くで燃える十字架を眺めるシーンでは、ネオンで照らされては、陰る顔が彼の二面性を象徴している。
加えて、キャラクターの背景が全く描かれないことが、彼の不気味さを増している(あとは女性に言い寄る場面の気持ち悪さとか)。

物語的には想像通りのことしか起きないのだけれど、想像通りのことを想像通りにしっかりと描いているという意味で、非常に手堅い生真面目な作品。
それだけにアダムというキャラクターの持つ異常性が際立っている。

『アラバマ物語』と同年公開の作品だが、こちらの制作費は八万ドル、オールロケ撮影で主役の2人の俳優以外は現地調達、と何から何まで対称的。
実際に差別感情渦巻く地域で撮影したとあって、リアルな空気感という点ではこちらに軍配が上がる。
洗練されていない、普通の映画ならカメラの外に弾かれてしまうような人々の顔の持つ迫力がすごい。
『アラバマ物語』のようにウェルメイドな作品ではないが、生々しい迫力のある映画だった。

※本作撮影中の裏話に関しては『コーマン帝国』やコーマンの自伝(『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか』)に詳しい。
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