不在

ペトラ・フォン・カントの苦い涙の不在のレビュー・感想・評価

4.6
たったひとつの部屋で展開される愛の戯曲。
この部屋で我々がまず目にするものは、壁一面に貼られたニコラ・プッサンによる『ミダスとバッカス』だろう。
ある日フリギアの王ミダスは、泥酔したシレノスを助け、世話をしてやった。
その礼として彼は触れる物すべてを黄金に変える力をバッカスより授かった。
この壁の絵はまさにその場面について描かれたものだ。
本作で登場人物たちがやたらと酒を飲んでいるのは、恐らく酒の神であるバッカスのイメージなのだろう。

ここでのペトラはミダスであり、シレノスとしてのカーリンを助け、家に住まわせて仕事も与えた。
彼女はその見返りとして愛を要求する。
かつてミダス王は黄金を求めたが、ペトラは触れた者すべてが自分を愛してくれることを望んだのだろう。
結局彼女の願望は、ミダスの時と同じく新たな不幸をもたらすだけだった。
そして残った助手のマレーネはバッカスということになる。
愚かな望みを叶えたミダスを裁き、赦す立場だ。
つまりこの場を支配するのはマレーネであり、それを示すかのように本作では常に彼女の気配が舞台を貫いている。
しかしそんなマレーネが求めたものとは、被支配だった。
一番上の立場から支配されることを望む彼女は、生粋のマゾヒストといえる。

愛についてそれを利用する者、強要する者、そして服従によってそれを見出す者と、多種多様な愛の姿が衝突するこの部屋は、まさに神話のように泥沼で、教訓に富んでいる。
不在

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