うめ

言の葉の庭のうめのレビュー・感想・評価

言の葉の庭(2013年製作の映画)
3.8
 インターネットで無料視聴できたので、つい再鑑賞。新海誠監督の作品としてはほぼ初めて観た作品。(この作品初見の前に、『雲のむこう、約束の場所』を観たのだけれど、深夜にぼんやりしながら観ていたので…)46分と短いながらも、全体にぎゅっと魅力が詰まった作品に仕上がっている。

 舞台は梅雨時の東京。梅雨って聞くと、雨で濡れるし、色んなものがじめじめするし、髪も広がるし…嫌なイメージが浮かぶ。でも、今作はそんな梅雨のイメージは何処へやら。梅雨の「いいとこ取り」をしている作品なのだ。

 梅雨でも、ふとした瞬間にその美しさに惹かれることがある。しとしとと心落ち着かせる雨音、窓ガラスを伝う雨粒、水たまりにできる波紋、色とりどりの傘…そんな瞬間がこの作品で見事に表現されている。冒頭の都会の人口密度が高い故に生まれるむわぁとした空気だけでなく、ストーリーに合わせてそうした瞬間の風景を、高い画力と透明感溢れる雰囲気で描いている。特に印象的だったのが、やはり雨の描写。タカオとユキノが出会った6月の雨がしっとりと降る雨だったのに対し、終盤の9月の雨はスコールのように激しい雨。この雨の描写が二人の心情描写となっていて、物語をさらに盛り上げていた。あとは6月から少しずつ薄着になっていく様子や雨上がりの日の射し込み方など、細かい点まで丁寧に描かれているのも良かった。

 それとそうした緻密な風景描写と人物が、違和感無く存在していたのが良かった。時々、後景の絵と手前で動く人物との描き方に差があり過ぎて(もちろん差があるからこそ味が出る作品もあるのだけれど)、終始違和感、というアニメを観ることがあって。それが私は苦手なのだが、今回は背景と人物が調和していた。おそらく人物にかかる影を深緑っぽくしたり、人物の輪郭線を白色にしたのが功を奏しているのだろう。

 タイトルの『言の葉の庭』はタカオとユキノの二人がであった場所を指している。新緑溢れる庭園。そこで交わされるある短歌。この短歌も同時に指していることを考えると、監督自らが言うように「恋」の物語であることは確かなのだが、私は「靴」というテーマから引き出される二人の心の交流に注目していた。靴職人の夢を持ちつつも、焦りなどからいまいちちゃんと歩けていないタカオと、とある出来事が原因で歩き出せなくなってしまったユキノ。雨がやみ、ぱぁと光が射し込むように、二人が感情をさらけ出すラストに思わず胸が熱くなった。

 このラストの場面から流れ出した曲は大江千里の「Rain」という曲を秦基博がカバーしたもの。これは新海監督のオファーによって実現したそうだが(秦基博と同事務所の山崎まさよしが『秒速5センチメートル』で主題歌を担当したというご縁もあったと思うが)…この曲の使い方が見事!もともとこのようなイメージがあったのだろう。長いイントロから歌い出しまでがストーリーとマッチしている。秦基博の声も透明感と力強さを兼ね備えており、今作の雰囲気にぴったりだ。

 秦基博もこの作品にインスパイアされて「言ノ葉」という曲を書き下ろしているが、ばっちり映画の世界観を受け継いでいる。今作を観て「Rain」が気になった方は合わせて聞いて頂けると良いと思う。私もよく梅雨時に聞きながら歩くが、ちょっとだけ梅雨が好きになれる。

 台詞やモノローグが少し詩的なのがむず痒かったのと、(どんなものを描いているにせよ)画面の情報過多がちょっと気になったが、それも新海監督作の魅力と捉えればたいしたことはないだろう。梅雨の美しさ、味わってはいかがだろうか。
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