ーcoyolyー

オン・ザ・ロードのーcoyolyーのレビュー・感想・評価

オン・ザ・ロード(2012年製作の映画)
4.0
プルーストの『失われた時を求めて』第1巻『スワン家のほうへ』は英題だと『SWANN'S WAY』になるのだと初めて知った。On The Roadだからこんなに大写しでWay出してきたかー……ってなる。ここ邦訳だと伝わらなくなるね。あと(ケベコワ文学青年としては重要人物であろう)ソール・ベロー『この日をつかめ(SEIZE THE DAY)』、ウィリアム・フォークナー『蚊』、ショーペンハウエル『根拠律の四つの根について』、ジェイムズ・ジョイス(書名不明、この装丁でアメリカ人なら何の本か分かるのだろうか)にセリーヌも出てきた。これは原作には出てこない書名たち。「意識の流れ」オールスターズをセレクトしたのはとても適切だと思う。この映画「意識の流れ」の手法で撮られてますよ、と明示している。出てくるエピソードの時系列が原作通りではないと思うんですが、原作の精神がそもそもこういうものなので原作に忠実と評して良いです。

原作では唐突にオキナワが出てきて面食らいますが映画では唐突にトーキョーが出てきます。この置き換えも問題ない。むしろよく日本に対する言及削らなかったなと思う。日本人が読むとここ結構な衝撃なんですよ、この作品の時代設定が日本と戦争やってた前後だと分かって。日本があんな感じだった頃にアメリカの若者はこんな感じなんだ!?と。アメリカ本土の若者たちにとって太平洋戦争はこんなに遠いものだったのかと。

この映画のあまり評価高くないところ、原作未読の人が評価してしまうとそうなってしまうのは仕方ないと思うんだけどそれは映画のせいじゃなくて原作のせいなんだよ。映画としての完成度が低いんじゃなくて原作がこうなってるからそう撮るしかないという。実は映画としての完成度の問題ではなくてそこは相当高い。ちゃんとした構成の小説を映画化しようとしたらちゃんとした構成でしっかり映画作れる人たちがやっている。ちゃんとした構成の小説じゃないからこういう感じになってしまってるだけという。そしてこういうものを撮る方がちゃんとした構成の小説の映画化より遥かに難しい。

何が難しいって、ケルアックの原作は普通なら欠点となってしまうところが美点になっているからなんですよね。あのチャーミングな欠点を欠点のまま美点として映画にするってアクロバティックな技術が必要で、だけどそのことにこの映画は成功しているのでそこに私はちょっとした奇跡を見た。この私が編み物全然できなかったですからね。これはもうこの小説に尋常じゃない愛と思い入れを抱いた人たちからのケルアックへのラブレターだ。よくここまで原作の空気感を映画として再現できたな、と思う。

監督、『セントラル・ステーション』の人だと知って完成度の高さは何となく納得した。でも私この監督が『シティ・オブ・ゴッド』や『2人のローマ教皇』も撮ってたと思ってたので違ってびっくりした(関わりはありました)。

『オン・ザ・ロード』に関しては私はこの本をしつこくしつこく愛読書に上げている、この本が人生の一冊であるロジャー・テイラーの目になって読む、という特殊な読書体験を試したのでこの映画もロジャー・テイラーの目になって観ました。自分が一番思い入れある小説の映画化に接する時の緊張感は察するに余りあるので、出された映画がこれで良かったなと本当に思った。これ観た時ロジャー泣いただろうな、たとえ涙を流さなかったとしても泣いただろうな。私にとってはもうそれだけでいいや。

1991年11月24日以降もひとりで、ひとりぼっちで、ひとりぼっちで取り残されたサルの気分で『オン・ザ・ロード』を何度も何度も読み続けただろうロジャーがこの映画を受け入れたなら私はそれでいいんです。
ーcoyolyー

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