革芸之介

世紀の光の革芸之介のレビュー・感想・評価

世紀の光(2006年製作の映画)
4.7
とんでもない傑作。

すべてのシーンや画面が映画としての面白さに満ちている。完璧な構図と色彩の画面設計。音響処理も素晴らしい。

本作は難解な部分も確かにあるとは思うが、理解しようとは考えずにこの豊饒な映画世界に身を任せてしまえば、もう内容とかテーマなどは、どうでもよくなってくる。(前世と来世、生者と死者、輪廻転生などはブンミおじさんや、他の作品のモチーフとしてもありましたね。)

映画の内容に正解などは存在しないが、唯一の正解があるとすれば我々はスクリーンに映っている「画面」を観てればいい。客観的な事実として、確実に存在する映画としての「画」や「映像」だけが映画における正解なのだから。

本作が二部構成であることは有名だが、前半の田舎の病院では緑の色彩が基調になっている。風に揺れる木々や葉の優雅な動きは「ブンミおじさんの森」「ブリスフリー・ユアーズ」でもお馴染みだが(まぁ、そもそも病院とか森と風に揺れる木々とかはアピチャッポン映画ではほとんどの作品で出てくるイメージですが)オフスクリーンでも常に鳥や虫の鳴き声や風の音が聞こえ、診療室や他の部屋の背後には窓があり、自然の緑を映し出す。

だが私は後半の都会の大病院のパートに映画的な魅力を感じた。そして前半の田舎の病院との対比が面白い。

後半の病院では白の色彩が基調になる。医師や看護師の白衣はもちろん、診療室、廊下の壁など白のイメージが溢れている。オフスクリーンの音響設計としては、前半の風や虫の鳴き声とは対照的に、後半は無音、または空調の音、機械の音など人工的な音に溢れる。

さらにアピチャッポンが凄いのが「廊下」のショットが抜群に上手い。「廊下」で人々がすれ違うだけで面白い場面にしてします。緑や黄色のシャツを着た謎の団体とすれ違う白衣を着た医者たち、テニスラケットで壁打ちをする青年など、アピチャッポン監督の廊下における空間造形能力が抜群に優れている。

とにかく病院全体がSF映画のように無機質で奇妙な印象をあたえてくる。

シュールな会話や笑いの要素も忘れてはいけない。病院の謎の部屋でおばさんが酒を飲み始め、青年のチャクラに気を注入しようとすると、キャメラがパンしてテーブルの手前に座っている別のおばちゃんを映す。このおばちゃんが、なぜかずっとカメラ目線で我々観客を見つめ続け、そこでキャメラはゆっくりとズームアウトするという、常人では思いつかないシュール過ぎる映像に笑いをこらえるのが大変でした。

都会の静寂さと不穏な空気を描き無機質な都会を魅力的に描く映画作家としてエドワード・ヤンが思いつくが(「恐怖分子」の病院や「エドワード・ヤンの恋愛時代」のオフィスなど)アピチャッポン監督もこの系譜に連なる作家でしょう。さらに言うと前半の緑の木々が風に揺れる様子はホウ・シャオシェンを想起させて、すでに巨匠の風格を漂わせているアピチャッポン監督です。

ラストはもう笑っていいのか驚けばいいのか衝撃的過ぎて、唖然としてしまうが、もうなんでもありな説得力に満ちたショットに素直に楽しませていただきました。
革芸之介

革芸之介