ハマジン

昼顔のハマジンのレビュー・感想・評価

昼顔(1967年製作の映画)
3.5
心ここにあらずの上の空な眼差しをどこともなく向けるカトリーヌ・ドヌーヴ、その「対象の曖昧な欲望」が彼女を突き動かし、しかし核心へと到達することのないまま横滑りを続けた挙句、あろうことかラストでふたたび振出しに戻ってしまう残酷。
細やかなパンと控えめなトラックでショットを積み重ねていく、いわゆる「作家」的個性の痕跡を都度消し去っていくような慎ましいカメラワークと編集の中、ここぞというタイミングで突然のアップやズーム、度を越した仰角アングルがはさまる衝撃。特に終盤、パリのアパルトマンのショットに秋の木の葉越しの青空がオーバーラップ(時間経過を示す紋切型の手法)した直後、雨(!)の降る窓外をぼんやり眺めるガラス越しのドヌーヴにカットがつながれてしまう異常なモンタージュ、ヤバすぎくないか?夢(妄想)/現実/回想のカテゴリ分けをすること自体単なる「話法=制度」としての物語の機能にすぎず、そのヴェールの裏側にはただの映像と音と俳優の身体がそこにあるだけだ、と嘯いてみせるルイス・ブニュエル。
イヴ・サンローランによる衣装はどれも素敵だけど、海辺のシーンでドヌーヴがかぶる鋲のついたレザーの耳当て付き帽子がとりわけ印象的。全編にちりばめられたミリタリー/BDSMルックを代表するような帽子。ピエール・クレマンティ演じる差し歯のチンピラやくざが、ズボンとブーツの間からのぞかせる鮮やかな紫の靴下も目に焼き付く。パゾリーニ『豚小屋』では中世の食人男、ガレル『処女の寝台』ではイエス・キリストと、何を演っても最高の俳優クレマンティ。
あと、ミシェル・ピコリの突然の訪問に居留守をかますドヌーヴのシーン、なくても特に問題ないこのくだりを1シーンまるっと使って撮っていることにブニュエルのこだわりを感じたというか、のちの『自由の幻想』での「誘拐されたはずの娘がその場にいることに誰も注意を払わない」というシチュエーションの、「いると同時にいない/いないと同時にいる」ルイス・キャロル的撞着状態をさりげなく先取りしているように思った。
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