明石です

水のないプールの明石ですのレビュー・感想・評価

水のないプール(1982年製作の映画)
5.0
「皆が騒がなかったら、今頃お湯沸いてたのにね」

なんの取り柄もない中年の地下鉄職員が、暴行されそうになった女性を助けたのを期に、欲望を膨らませ、クロロホルムで意識を奪い女性を犯す暴行魔と化す。80年代に起きた実在の「クロロホルム連続暴行魔事件」に着想を得、主演の内田裕也自身が脚本を書いて、当時、キワモノめいた作品を数々手がけていた若松孝二監督に渡して映画化、かなり気合の入った背景にこちらも気合を入れて鑑賞しました。これは大傑作。

過激な題材ながら、作品自体はポルノグラフィにならないギリギリのラインでちゃんと映画として成立してる。しかもギラギラのアート映画として。猟奇的というか変態的な実話をもとにした内容なのに、このアーティスティックな感性はなんだろう笑。水のないプールで立ちんぼらしき女の子と相引きをし、シャボン玉を飛ばす中年男(この女性は裏のヒロインなはずが、終始一言も発しないところに妙な哲学らしきものを感じる笑)。何が行われているのか、すべてを説明しないのが奥ゆかしい。立ちんぼの女の子とのゆきずりの行為を、水のないプールでシャボン玉遊びをするという謎の比喩に乗せることで、ものすごく画面映えする。

凶行に至る過程も焦らずじっとり描かれてて好感。こういうリアルなの好き。裏ヒロインとの絡みとは対照的に、犯行にまつわるシーンはやや説明的でわかりやすく誇張されてはいるけど、ドキュメンタリータッチで淡々と描くあたりに若松孝二監督の良さが出てる気がする。職業を教師と偽って手に入れたクロロホルムを、人間相手に使う前に、まずはカエルで実験するシーンとか滅茶苦茶リアル。強姦した女性がまだ寝ている間に家事炊事洗濯をしご飯まで作って帰り、彼女が別の男とデートしているのを知ると「俺の女に手出しやがったな!」と身勝手な独占欲を発揮しキレる感じも良い。一見狂気的だけど、たしかに男はそんな生き物かもと思わせるこの感じ笑。そんなこんなで、劇中では被害女性と心が通い合い、彼女が起訴を取り下げたことから(皆が騒がなかったら、お湯沸いてたのにね)、なし崩し的にハッピーエンドっぽい雰囲気のラストを迎えるわけだけど、実在の事件ではそんなハッピーなことはなかったみたい。まあ当然ですね。

80年代初期の東京の風景(東京よね?笑)はどうしてこうも素敵なんだろう。村上春樹や村上龍の時代。私自身は当時を生きてないし、どちらかというと親の世代の景色なのに、胸につんと広がるノスタルジーに近い高揚感。キワモノな事件を扱いつつも、画面にはアーティスティックな工夫が溢れてる。主人公の悪行が明るみに出、当然ありうべき結末が待っているのかと思いきや、まさかの、水のないプールに寝そべって不敵な笑みを浮かべてエンディング。そしてプールの縁で真っ赤な服を着てシャボン玉を飛ばす女の子(彼女は結局、最後まで一言も喋らず)。美しい。これだけの題材をハッピーエンドに、それも生半可でない狂気的なエンドに向かわせる意志に敬意を払いたくなる。

こういう映画は大好きだなあという私の好みの総決算のような映画でした。
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