ユウサク

命は安く、トイレットペーパーは高いのユウサクのレビュー・感想・評価

4.2
フィルメックス2023 クロージング

アルべロス良い会社。レストアもやってるけど今回は関わってないのかな?明暗のコントラスト強め、鮮烈な赤、ほんのり残るフィルム傷。監督いわく音声も整えすぎないようにしたとのこと。1996年に再撮影された(であろう)”Naked City(裸の街)”パートのビデオ撮影映像との行き来もスムーズだった。アメリカではBlu-ray出るんだろうな……と思ったらすでに予約受付中。

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フィルマークスでは83分になってるけど今回の上映は新しいディレクターズカット版で85分。再撮影パートの追加と過激な暴力描写のいくつかをカットしたとのこと(それで残ったのがアレなのか……)。

80年代当時の香港をノワール風のフィクションとインタビュー風のノンフィクション(かつオフビートコメディっぽさ)を自由に往来しながら描く。無惨にも首を切られて血を抜かれ、死を待つアヒル(観光客向けに北京ダックや血のスープの材料になる)や何分間もベルトコンベアの上を走らされ続ける闘犬(撮影の数日後に闘犬の試合で死んでしまったらしい)を搾取される香港の人々になぞらえていたり、”Money”という名の女性(コラ・ミャオ)がいたりと、おそらくはメタファーなんだろうなという表現がたくさん出てくるけど準備不足で拾いきれなかったため、改めて天安門事件なども含めて香港の歴史を勉強しようと思った。Ex-Red Guardであることがどういう意味になるのかとか知っておきたかったな。当時の監督の「怒り」はとても伝わりました。
しかし映像的な実験も多く、1秒にも満たないインサートのインパクトや「手の切断」など繰り返し登場するモチーフ、ブリーフケースを巡る逃走劇の異様な長さと予想もしないホワイトアウト幕切れなど、刺激的なカット・ショットが多くて歴史的背景が理解できていなくても飽きなかった(歴史を理解してなくてもいい、という意味ではない)。マカヴェイエフやゴダールの影響もあると監督は語っていた。
また「反逆の愛」として先述のMoneyとマフィアのボスの娘の女性同士の恋愛関係が終盤に少しだけ明示されていた。レズビアンの関係に「反逆」のレッテルを貼るのは時代を感じるけど、実際にフェミニストが家父長制や異性愛規範への「反逆」として女性同士で恋愛することを選択していた歴史もあるので、それを踏まえれば理解はできる。セリフとほんの少しの絡み(ボスの娘がMoneyの足にすがりつく)くらいしかないのでエンパワメントとしては不十分。この他にも歌やダンスを教えられると語るクィアっぽい壮年男性や暴力を受けた経験を語るセックスワーカーの女性など、マイノリティへの目線はしっかりと向けられていたように思う。タクシー運転手は無茶苦茶過ぎて笑ってしまったけど自暴自棄の一種と捉えるとあれもまた政治的な混乱がもたらすものの一つということか。ただロレックスを売る人に関しては寄り添いよりも飛び道具っぽさを感じてしまった。ポルノ映画の吹き替えをリアルタイムにやらせてるところとかもギャグとしては陳腐だと思う。

とにかく記憶に残るのは動物への暴力と赤い血で、はっきりと映像に残されているので目を背けざるを得ない時間も結構あった。今回は監督がやんわりやってくれたけど、今後何か上映の機会があるならこれに関する注意喚起はちゃんとしてほしい。屠殺の現実を無視すべきではない(「命を粗末にしては〜」的な文脈ではなく畜産そのものの暴力性に立ち返る形で)のは当たり前なんだけど、何の前触れもなくいきなりグロテスクな映像を見ることが「現実に向き合う」ことなのかと言われると違う気がする。そこを補完するために人間は言葉を使うのだし、覚悟するためのワンクッションはあって然るべきだと思う。
ユウサク

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