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ねじ式のkuuのレビュー・感想・評価

ねじ式(1998年製作の映画)
3.0
『ねじ式』
製作年1998年。上映時間87分。

売れない漫画家の幻想的な放浪生活ととりとめもない妄想をシュールなタッチで描いたドラマ。
監督は石井輝男。
つげ義春の同名短編漫画を、石井監督自らが脚色。
撮影を角井孝博が担当している。
主演は浅野忠信。
スーパー16ミリからのブローアップ。

当初93年に石井監督が同じつげ原作を映画化した『ゲンセンカン主人』の中の1本として企画されたもののその時は実現しなかった作品で、今回自らのプロデュースで執念の映画化となった。

売れない漫画家のツベは今日も膨らむ一方の妄想を繰り広げていた。ツベの妄想はいつしか現実との境界が曖昧となり、夢とも現ともつかぬ世界の中、ツベは次々と奇妙な人たちと出会っていく。。。

原作のあの何とも云えぬ不可思議な雰囲気は到底表現できひんのは当然だろうし、あくまでも独立した作品として、また、メタファーなりが有るんじゃないか等々を分析学的視点で見ずに、あまり気合いを入れないで観た方が無難な作品やと思います。
昭和テイスト満載でノスタルジックな姦譎な闇は令和の世界にはほぼ消滅した。
新たに産み出される多くのモンは些細な事柄までネットによって見える、知れる。
闇が消え失せたかの様やけど、でも実際は肉体を持たないモノばかり。
未知の事柄はなくなったって錯覚すら覚える昨今。
己にとって委細承知でないモンでも、誰かにとっての知られとんのであれば、容易に共有されるようになった。
闇がまだ残存しとる頃、街の明かりが消える午前0時以降の静寂の暗闇もあったし、その闇てのに人々は何者かを怖れた。
闇に聞こえる微かな音さえ耳をそばたて怯えた。
小生なそんな闇がそりゃもう恐くてこわくて、

恐いながらも通りゃんせとおりゃんせ🎵~

と闇の向こうに何があるのかビビリながら歩んだものです。 
そのビビリながら歩むのは、矛盾してるけど、その先に、その闇の中にはきっと何か悦喜するモンがチョッとでも有るんじゃないか、潜んでるんじゃないかと想像もあった。
その想像することじたいに悦喜してたんかも知れない。
可視化された世界にはこないな感情を持つことが少なくなった。
闇の向こう側を求めて放浪しても悦喜する何かはほぼ無くなったんかな。
今作品には、その闇を描いたてる作品なんやろけど、タイトルの『ねじ式』の意味は終盤で明らかになったとて、妄想をシュールなタッチで描いたエロティック作品やったとしても、今の小生には、今作品が描く闇には悦喜することよりも、落胆の方が大きかったかな。
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