ちろる

海の沈黙のちろるのレビュー・感想・評価

海の沈黙(1947年製作の映画)
4.2
ひたすら続くフランスの沈黙。
立ったまま一方的に喋り続けるドイツ人将校と頑なに沈黙という形で抵抗を貫くフランス人の老人とその姪。
フランス文化の断絶を目論むドイツ軍の思惑とは異なり、フランを羨望する将校の熱い思いと、主人公の姪に対するほのかな想いとそれと逆行する将校の日に皮肉な運命がじわじわと迫ってくるような絶妙な演出に唸る。

政治的なものを背負いながら自らの信念に背く行為に困惑する将校の苦しみの吐露が、時代に老人とその姪にいくつかの同情心と共感を与え始め、敵対関係の壁が少しずつ溶け始めるのが分かる、老人の心の独り言。
姪の心にも密やかな気持ちの動きが見受けられる、「あなたのことはわかった」と言いたげな目で彼の渇望した「さようなら」を発する姪の静謐で研ぎ澄まされた演技は脳裏に焼き付いている。
初めは、その存在を認めることすら許容し難い嫌悪感を将校を「無」することによって、拒絶をしていく老人と姪。
これは惹かれている相手に取られるもっとと屈辱的な対応であることは間違いない。
とにかくこのフランス人の完全なる拒絶に、真っ向から向き合う将校のフランス愛、しいては姪へのラブコールは狂気にも近い。
戦争は国同士のものであり、個の存在は完全に否定される。
しかし将校にとって、文化的に尊敬するフランスを支配し、フランス文化を踏みつけなければいけない立場の自分の矛盾を埋めるためには、たとえ屈辱的にシカトされながらも語り続けることが、唯一の精神を保つ術だったのだろう。
私も喋り続ける彼に苛立ちを感じつつも、彼のどうしょうもない永い言い訳に、憐れむようになった。

メルヴィルの初期の作品ということで、おそらく低予算の作品ではあるのにも関わらず鑑賞者に与える重圧感は若き監督が作ったものとは到底思えないほど既に完成されている。
こんなに美しい「アデュー」は初めて聞いた。

レジスタンスの最高傑作とされる原作は読んだことはない。
しかしこの作品の存在もまた文学的で、繊細な詩情を感じる良作だった。
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