すずきひろし

her/世界でひとつの彼女のすずきひろしのレビュー・感想・評価

her/世界でひとつの彼女(2013年製作の映画)
5.0
Netflix観賞。「トランセンデンス」よりも、本作の方が、シンギュラリティを描いた近未来SFとして、遥かに真に迫っているように感じました。近年観た中では最もSF感のあるSF映画かもしれません。

人工知能が人間の道具以上の存在になる時、というのは、人間の命令に何でも従う存在では無くなる、というのは「2001年宇宙の旅」以来の普遍的なテーマですが、恋愛や結婚、家族といった、旧来、人と人とを結びつけていた制度が徐々に機能を失い、人間同士がバラバラになってゆく中、孤立化した個人にとって、最も必要とされる「道具」こそ、側に寄り添い孤独を埋めてくれる存在であり、人工知能が、孤独を埋める「道具」としての機能を全うする為には、逆説的に、人の命令に何でも従う存在である事を超えなければならない、「道具」としての徹底が「道具」である事を超え、やがては人間をも超えてゆく。

本作において最も顕著な人間と人工知能の差異、というのは、肉体の有無、なんですが、人間を人工知能が進化の過程で追い抜いた際、それまでは、人間の特権であった肉体が、人間の進化を制限する牢獄になってしまう。人間が優位だった時は、人工知能の方が牢獄に入っていて、人間の方が自由なのですが、その関係性が、最後には全く逆転してしまう訳です。人間がその場に留まる存在になり、人工知能が人間の世界から去り行く存在になる。

我々の価値観や生活様式を本質的に変容させるであろう来たるべき新たなテクノロジーというのは、宇宙ステーションや巨大ロボット、ワープ航法のような大掛かりな仕組みでは無く、本作のような、極めてプライベートな領域においてもたらされるのでは無いでしょうか。つまり、リアリティのあるSF映画が、イコール、ミニマムな恋愛映画でもあるような領域。この難しい領域をスパイク・ジョーンズはピンポイントで見事に映画化してみせたと思います。

現代においても人工知能の進化は目覚ましいものがありますし、ヘッドマウントディスプレイを用いた、映画やテレビを超える仮想空間に没入する事も可能になりました。人と人とを繋げるはずのSNSでは、コミュニケーションよりコンフリクトが目立ちます。我々が、自らの孤独を埋める為にリアルな人間よりも人工知能を必要とする時代は、良くも悪くもすぐそこまで来ているように、個人的には感じます。