現れる小林

her/世界でひとつの彼女の現れる小林のレビュー・感想・評価

her/世界でひとつの彼女(2013年製作の映画)
4.7
脚本がすごかった。
Chat GPTも出てきていない2013年に書かれたとは思えない。なんというかコミュニケーションが可能なAIとそれを使う人間の空気感が、今の現実のそれにかなり似ているのだ。いや実際には今現在とはちょっと違うんだけど、今後AIがもっと完璧になり、人間がよりAIに依存するようになったらこんな感じになるんじゃないか?と思わせるような感じ。我々が2020年代の「今」ようやくぼんやりと想像できるようになったようなことを、10年前の時点でここまで解像度高く描いているのがかなり衝撃だ。
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主人公が詩人的素質が必要な職業(手紙の代筆)についているという設定なだけあって、人間とAI(OS)の恋が進んでいくに連れて変わっていく双方の感情がセリフを通して、時に綺麗な、時に生々しい言葉で表されている。

「人間とAIが恋をしてみるものの、機械には人間の感情が理解できずすれ違う」というよくありそうな展開で終始したら凡作だっただろうが今作は違い、真偽は不明だがAIが早い段階で人間の感情とほぼ変わらない喜怒哀楽を手に入れ、ただしAIには肉体がないから恋愛がうまく行かない、という点に焦点を当てて物語を進めていったおかげで今まで見たことない新鮮な作品に仕上がっている。

人間とOSが恋をしたらどういう気持ちになるか?というのを製作陣が本気で考えているからこそ、観る人によっては「気持ち悪い」と感じるような生々しさが際立つ。
「her 映画」と調べると検索候補の3つ目ぐらいに「気持ち悪い」と表示されるほどである。

ただ恋愛に突き進む人間は、それが人間同士であろうと側から見たらある程度狂って見えるものだと思う。本編中にもそのようなセリフがあるように、この映画は人間とAIの恋を無理やり終始綺麗なお伽話的美談に仕立てることはせず、現実にこうなったら起きるであろうことを、ロマンチックな部分から気味悪くいわゆる狂気的な部分まで全てひっくるめて描くということを意識的にやっているのだろう。私はそここそが今作の魅力だと思う。

基本的に私は無駄にベッドシーンが多い映画は苦手なのだが、今作は肉体がない相手と恋愛ができるのかが非常に重要なテーマに据えられているので、そういうシーンは無駄どころかむしろかなり脚本上重要なのである。
しかもただのベッドシーンではないので、尺的にかなり多いそういうシーンも「いいから早く終われ」と思うことなく新鮮な気持ちで普通に見れた。
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本編後半の「アルジャーノンに花束を」的な(もちろんだいぶ違うが)どこか切ない展開も好きだった。
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今作は近未来が舞台だが、街の風景はどこまでが本物(ロケ)でどこからがCGなのだろうか。他のSFのような明らかに異質な「未来の都市」ではなく、現在のアメリカの延長に見える画作りが見事だ。多分実在する近未来っぽい景色のところを使って撮影しているところも多いと思う。大きな曲線の歩道橋みたいなところが非常に印象的。実在するなら一度行ってみたい。

そして最後に、AIのスペックや挙動もリアル。今のChatGPT、Suno AI、Sora AIを足し合わせてさらに上位互換にしたみたいな感じの万能モデル。でも今のAIの進化のスピードを見ると、1年後ぐらいには(スペックだけでいうと)今作のOSに匹敵するAIアシスタントができていてもおかしくない。そういうことを考えさせるぐらいリアルだった。