ひこくろ

アウシュビッツ ホロコーストガス室の戦慄のひこくろのレビュー・感想・評価

4.6
強烈なメッセージ性を持った映画だと思ったし、それだけに賛否も好悪もはっきりと分かれるだろうなあと感じた。
映画は大きく二部構成になっている。
若者たちに大量虐殺についての質問をぶつけるインタビューパートと、アウシュビッツのある一日を再現して見せるドラマパートだ。
このどちらもが、異なる意味でとてつもなく恐ろしい。

最初のインタビューパートに出てくる若者たちは、アウシュビッツのことをほとんど知らない。
かろうじて語れる子も、薄い知識しか持ってなく、誤解したまま信じ込んでいることすらある。
わずか70年足らず前の悲劇の歴史がすでに忘れ去られようとしている。その事実に震えが走る。
彼らが悪いのでは決してない。彼らに伝えてこなかったという現実の重みが恐ろしいのだ。

一方、ドラマパートのほうでは、監督が冒頭で宣言した通り、アウシュビッツのある一日の様子がそのまま描かれる。
汽車で運ばれてきたユダヤ人たちは、次々とシャワー室へ送られる。
全裸にさせられ、シャワーを待っていると、お湯の代わりにガスが充満してきて、彼らは苦しみながら死んでいく。
その様子は残酷としか言いようがない。でも、こっちのパートの本当の恐さはそこではない。
ドイツ人たちに何の感情もないところが怖いのだ。
怒りも憎しみも、差別意識すらもナチスの面々は感じていない。
彼らはただ、淡々と作業をこなしていくだけだ。虐殺がそういう当たり前の仕事になっている。
これが戦争における日常なのだという事実を突きつけられるのが、恐ろしくてどうしようもない。

こういう光景をドキュメンタリーではなく再現ドラマとして表現することに意味があるのか、という意見もきっと上がるだろう。
でも、そこに若者たちへのインタビューパートが効いてくる。
「伝えることを怠ってきたら、誰もが何もかもを忘れてしまう。必要なのはまずは知ってもらうことだ」
そういう強烈なメッセージ性が浮かび上がってくるのだ。

後半のインタビューパートに登場する若者たちの中には、すごく歴史を学んでいて、大量虐殺の意味やユダヤ人迫害の事実もきっちり背負い、それを見つめながら、さらに現代の世界の悲劇に目を向けている男の子も現われる。
ここがこの映画の唯一の救いなんだ、と個人的には感じてならなかった。
よくわかっていないけれど、歴史をちゃんと知りたいと思っている若者たちもいる。
なんとなくではあっても、ナチスに対して賞賛することに違和感を覚える子たちもいる。
彼らにまずは知ってもらいたい。それこそが、監督がこの作品に込めたメッセージなのだと思う。

こういう形で少しでも歴史を知ることにだって何かしらの意味はある。
そういう点で、意義のある戦争映画だと強く強く感じた。
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