こなつ

あなたを抱きしめる日までのこなつのレビュー・感想・評価

あなたを抱きしめる日まで(2013年製作の映画)
4.0
「ロスト・キング(500年越しの運命)」のスティーヴン・フリアーズ監督が、2009年に出版されたマーティン・シックススミスの「フィロミナ・リーの失われた子供」を映像化。実話に基づいたこの作品は、当時劇場で鑑賞している。今回レビューのために再鑑賞した。

この本を出版したマーティン・シックススミスだけでなく、出演者や作品に関わる場所が実際の名前で出てくるので、かなりリアル感がある。

1950年代カトリック教徒が大半を占めるアイルランドでは、若い未婚の母達は堕落した存在と見なされ強制的に教会の施設に収監され、出産しても赤ちゃんは奪われ、養子に出されていた。

フィロミナ・リーは、50年前アイルランドのロスクレア修道院で息子アンソ二ーを産み、養子に出されて離れ離れになった。一瞬たりとも忘れたことがなかったアンソニーが50歳になっている2002年の誕生日の日に、娘のジェーンに初めてその事を告白する。たまたま娘が知り合ったジャーナリスト、マーティン・シックススミスは、BBCの広報担当だったが予期せぬ出来事でクビになっていた。そんな彼に娘ジェーンは母の出来事を打ち明けて、生き別れたアンソニーを捜して欲しいと頼む。三面記事は書かないと最初は断ったのだが、彼はその記事に再起をかけようと、愛する息子に一目会いたいフィロミナと共に旅に出ることにした。

アイルランドのロスクレア修道院に行って尋ねても、その時期の修道女はもういないし、火事で書類が焼けたのでアンソニーの居場所はわからないと言われる。近くのバーで、アメリカに養子に出されていた事を知ったマーティンは、インターネットで調べているうちにアンソニーを見付ける。アンソニーは、マイケル・ヘスという名前で弁護士になり、レーガン政権とブッシュ政権時代の主席法律顧問になっていた。しかし、ゲイであったアンソニーは、エイズの為に8年前既に亡くなっていた。

この実話の驚くところは、ロスクレア修道院がアメリカに養子に出すことによってお金を受け取っていたことだ。正に人身売買が行われていたので、修道院は証拠になる書類を全て燃やし、養子先を教えることはなかった。その後アイルランド政府はそのことに関わっていたという謝罪をしている。

フィロミナは、手放した息子がホームレスにでもなっているのではないか、不幸になっているのではないか、ただただ心配で消息を知りたかった。息子アンソニーもエイズで残り僅かの命と知った時、実母のことを知りたくてロスクレア修道院まで行っていた。そんな2人を会わせることを断固として拒否してきた修道院。神に仕えるとは一体何なのだろう。マーティンと同じように怒りしか湧かない。

マイケル・ヘスことフィロミナの息子アンソニーは、アイルランドの地、ロスクレア修道院の墓地で今も眠る。その墓標には、「2つの祖国と多くの才能を持つ男」と刻まれていた。彼は厳しかった養父と対立し、早くに家を飛び出し自分の力で大学に通い、弁護士になったという。どんなに実母が恋しかったことか。アイルランドから養子でアメリカに渡った多くの人達が今もなお自分のアイデンティティを求めて彷徨っているのかもしれないと思うと胸が痛い。

実話と言ってもマーティン・シックススミスは小説家でもあるので、感動的に脚色しているところはあるだろう。この作品は、母のフィロミナ側から描かれているので、マイケル・ヘスの養子に出されてからの生活や実母のことをどのように想っていたかが分からなくて残念な部分もあった。現在91歳で健在なフィロミナ・リーを、明るく好演しているジュディ・デンチとスティーヴ・クーガンの珍道中が、重たい題材ながらコメディっぽく、心温まる作品に仕上がっていて楽しめた。

(2024.05.06 UNEXTにて再鑑賞)
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