かなり悪いオヤジ

あなたを抱きしめる日までのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

あなたを抱きしめる日まで(2013年製作の映画)
3.6
オックスブリッジとは、オックスフォード大学+ケンブリッジ大学の総称で、英国エリートの代名詞になっているらしい。実話ベースの保守的なテーマを得意とする監督スティーブン・フリアーズもケンブリッジ大学出身で、本作の主人公である元BBC広報担当のシックススミス(スティーヴ・クーガン)もオックスフォード大学出身である。本作はあくまでも英国エリートから観た、アイルランドカソリック教会の腐敗を描いた作品なのである。

フェロミナ(ジュディ・デンチ)は、ある日娘のジェーンに修道院時代に生き別れた息子アンソニーがいることを告白する。ジェーンはパーティー席上で知り合ったシックススミスに、アンソニー捜索を依頼、TV局のスキャンダルに巻き込まれ番組を降板したばかりのシックススミスは、三面記事の格好のネタになると依頼を引き受けるのだが、敬虔なカソリック信者であるフェロミナさえ想像しなかった悲しい事実が待ち受けていたのだった。

シックススミスはいわゆる不可知論者、要するに神を信じていない。「性の悦びを人間に与えておきなから、なぜ一方でこれを拒めと指示するのか」とキリストの教えに疑問をいだいている。若かりし頃のロマンスが原因で私生児を身籠ったフェロミナは、子供の養育と引き替えに週7日修道院の洗濯女として働かされたのである。労働力確保のためにシベリアに抑留されたユダヤ人や日本人とまったく同じ境遇に置かれるのである。

さらに若い母親たちには内緒で、子供たちを裕福なアメリカ人家庭に売り払っていた修道院が、子供との面会を求めてきたフェロミナのようなシングルマザーに対して組織ぐるみで事実を隠蔽していたことが、シックススミスの取材過程で明らかになるのである。怒りを爆発させ当時を知る老修道女につめよるシックススミス。しかし、フェロミナ当人は、肉体の誘惑に勝てなかったことを未だに悔いていて、神のくだした“罰”としてこれを受け入れるのだ。

映画史後半はアメリカに渡ったアンソニーの消息探し。シックススミスのつてを頼った捜索は意外とあっさり決着する。レーガンやブッシュの法律顧問に収まっていたこともあるエリートのアンソニーだが、すでに亡くなっていることが判明するのだ。過去の写真をネットで調べていると、そこに若かりし頃のシックススミスの姿が。「どんな言葉をかわしたの」「握手した時の感じは」目を輝かせるように矢継ぎ早に質問をシックススミスに浴びせるフェロミナ。感情を顕にしたデンチを拝める希少なシーンである。

アイルランド系のスティーブ・クーガンとジュディ・デンチが地元カソリック教会の腐敗に迫りながらも、ギネスビールのロゴマークにも採用されている“アイリッシュ・ハープ”によって真実に導かれる、アイルランド色の非常に強い作品なのである。要するに監督のフリアーズはこう言いたいのだろう。アイルランドで起きた問題を赦すかどうかは、イギリス人(エリート)ではなくアイルランド人が決めるべきだ、と。“探求の終わりに出発地点に戻り、その場所を知る”と語ったT.S.エリオットもまた、ハーバードやオックスブリッジで学んだ保守派の文人であった。