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グランド・ブダペスト・ホテルのhasseのレビュー・感想・評価

4.6
演出5
演技4
脚本5
音楽4
撮影5
照明4
インプレッション5

この映画ではストーリー以上にナラティブが重要だ。時系列のストーリーを、語り手が再構築する意図をはらんでいる。

私たち(観客)は、この映画の何層もの入れ子構造を否応なしに意識させられる。オールド・ルッツ墓地で作家の墓標を訪ね、作家の小説を読み始める少女。小説を書いた老年期の作家。小説の中身を語る老年期のゼロ・ムスタファと、それを聴取する若い頃の作家。そして小説の中身となるメインのシークエンス(パート1-5)。

私たちはこの入れ子構造において、複数の対話を見る。一つは老人ゼロと若い作家の、もう一つは少女と墓標の作家の(間接的な)対話だ。対話には意味や価値が発生する。一つ目の対話には、ホテルの過去の栄華が語られることによって、(すっかり寂れた今との対比も相まって、)失われたものへの哀愁、惜別が際立つ。もう一つ目の対話では、小説の内容が単なる過去の出来事ではなく現在にもリンクすることの示唆が窺える。

では、私たちに開かれている対話は? 私たちには老人ゼロ&若い作家との対話、少女との対話、つまり小説のテクストおよびその読者との対話が開かれている。

私たちと少女は同じテクストを読み(みて)同じものを共有したような気になるが、果たして本当にそうなのか?
私たちと少女の間には深い断絶があるのでは、というかあることを意識しなければならない。
同じものを共有した気になるが、少女と私たちは全く別世界の存在で、何か一つのことを同じレベル感で共有することなど本来困難なはずだ。でもそれを限りなく可能にするフィクションの素晴らしさと危険性を改めて認知する。

あたかも正解らしいこと(失われたものへの哀愁や戦争忌避)を共有したがることこそ、この映画が警鐘を鳴らすナチズムの全体主義につながりかねない。
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