うえびん

鑑定士と顔のない依頼人のうえびんのレビュー・感想・評価

鑑定士と顔のない依頼人(2013年製作の映画)
4.2
噛み合う歯車
嚙み合わない歯車

2013年 イタリア作品
英題:The best offer

『ニュー・シネマ・パラダイス』『海の上のピアニスト』のジョゼッペ・トルナトーレ監督・脚本作品。全体のバランスがとてもよいです。派手な映像も演出はありませんが、最初から最後まで作品世界に惹き込まれました。

天才的な鑑定眼をもつ一流オークション鑑定士のヴァージル・オールドマン。彼が取り扱う美術品と同じように、映像自体の画角や色に芸術性が感じられます。また、『ニュー・シネマ~』『海の上の~』と同じエンリオ・モリコーネとタッグを組んだ音楽が、より作品の質を高めています。

主人公ヴァージル演じるジェフリー・ラッシュの演技もとてもよいです。『英国王のスピーチ』では人間味のある言語聴覚士を演じていました。

本作のヴァージルは、人間嫌いで潔癖性。女性が苦手で一度も恋人をつくったことがありません。自宅の秘密の部屋には恋人代わりの夥しい数の「美女の肖像画」をコレクションしています。そんな変わり者の彼が、顔の見えない依頼人クレアに徐々に心を持っていかれる過程が、違和感なく自然に描かれます。

クレアの人物像も現実離れしているのですが、あまり違和感を感じなかったのは、クレアが住む洋館(ヴィラ)が旧く神秘的だった舞台設定によるものかもしれません。

機械人形のモチーフも、とてもよかったです。噛み合う歯車と噛み合わない歯車。人形の修復と共に、育まれてゆくヴァージルとクレアの愛。セリフも、二転三転するストーリー展開に謎をかけたり、期待を持たせたり、匂わせ方が上手です。

「人間の感情は芸術作品と同じ。偽装できる」

果たして、ヴァージルにとってクレアとの出会いは幸福だったのでしょうか、不幸だったのでしょうか。贋作と本物を見分ける眼識をもつヴァージル。彼は、クレアに本物を見たのではなく、それまで偽りの自己を生きてきた彼自身を、彼女を通して初めて自己の本質を見たのではないでしょうか。

冒頭と最後、彼が独りで食事をするシーン、その場所と雰囲気の違いにしみじみとした余韻を感じながら、頭の中の歯車がカチッと噛み合いました。
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