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鑑定士と顔のない依頼人のNMのレビュー・感想・評価

鑑定士と顔のない依頼人(2013年製作の映画)
3.8
ぱっと見ではどういうストーリーなのか伝わってこない、やや地味なメインビジュアル。
予告編を偶然見かけた。
老練な美術鑑定士のもとに依頼がくるが、その若い女性クレアが絶対に姿を現さず、会話は電話とドア越しのみ、というミステリアスな内容らしい。
これを見て、面白そうと感じた。

だが、それは物語のほんのさわりにしか過ぎない。
なぜ顔を見せないか、というのは本論ではなく、単に引きこもりだからという現実的な理由がさっさと明らかになる。それ自体がメインテーマではない。

ラストに向けた伏線が最初からふんだんに散りばめられているので、注意して謎解きしながら観るのが面白いと思う。
予告編とらわれて、依頼人がなぜ姿を現さないのか、何か心に傷でも?見せられない理由があるのか?
という点だけに目を向けてしまうと、観終わっても多くを謎を残してしまうかもしれない。
問題はそこではない。

依頼人の美女クレアは、コミュニケーションが下手で、繊細。守ってやるべき女性であることがヴァージルに見せつけられ、それまで友もなく、恋を知らなかった彼は、ある種のシンパシーを感じて彼女に夢中になる。

ヴァージルは高名な鑑定士でありオークショニア。
しかしその実態は、長年のパートナービリーと組んでイカサマをしてきた。これぞというものはビリーに落札させ、彼には少額の礼を渡し、多くの名画を自分のコレクションにしてきた。

手口はこう。
絶対に落とせ、という合図として、オークション中、「これは本日の最上の出品(Best Offer)ですよ!」とビリーに目くばせする。
するとビリーは手を挙げ落札する。
「Best Offer」とはこの作品の原題でもある。
貴重な品を別の作者と偽って安く出品したり、今後価値が上がると分かっているものを安く落としたりする。
高名ゆえ、誰も彼を疑わない。

冒頭の会話で明らかになるが、鑑定士ヴァージルは、昔から一度も、画家であった(ある)ビリーの絵を評価したことがない。
高慢なヴァージルのことだから、ビリーが打ちのめされ長年言いなりになるほど酷評したのかもしれない。
高名な鑑定士に評価されないことで、ビリーは夢を絶たれ、影の人生を生きることになった。
それなのに、その憎きヴァージルに言われるがままのみじめな立場で、文句も言わず長年彼のパートナーを勤め上げたのは、何を思ってのことか、想像に難くない。
ビリーの画家としての本当の実力は、最後に明らかになる。

依頼人宅の鑑定にのめり込むもう一つの誘因として、オートマタという高度な機械人形の部品がある。
初めはよく分からない一つの部品だったが、依頼人宅から持ち出し、仕事仲間の青年ロバートに見せると、凄い代物だ、もっと部品を探し出せ、とけしかける。
ヴァージルはまんまと部品探しにも夢中になる。
見つかれば歴史的発見でもあり、値段の付けられない物だと思い至る。

この青年ロバートは女に事欠かず、ヴァージルにも恋のアドバイスを与える。
ただこのロバート、偉そうなことを言うわりに彼女は悲しそうで、信頼関係が見られない。怒鳴りあいの喧嘩もしている。
ヴァージルの前では、仕事にまっすぐな面を見せるも、こいつ本当はどんなやつなんだ?と疑わしい場面がちらほら。
それは最後に明らかになる。

ある時ヴァージルが帰ったふりをして依頼人を覗き見ると若い女性が現れ、だるだるのパジャマのようなものを着てバタバタとだらしなく部屋を歩く姿を見ることができた。
その覗きがバレて彼女は怒鳴るものの、なぜかすぐに許す。

そして懲りずに二度目に覗いたとき。
今度は上着だけのセクシーな服装。かかってきた誰かからの電話に対し、
「彼(鑑定士ヴァージル)は素敵な人よ。私に恋?私なんかにありえないわよ笑」といった、覗いているヴァージルが歓喜するようなことを言ってみせる。
考えてみればわざとらしい。

そして部屋の向こうで皿を割ってケガをしたと言い、ヴァージルから見える真ん前で足を大きく広げ傷を舐める仕草。
覗きはバレていて、ヴァージルを更に惑わすのにむしろ利用されていると考えられる。

身勝手で癇癪持ちのヴァージルは、一度ロバートとも喧嘩し契約解消を宣言するというトラブルを起こすが、依頼人クレアが隠し部屋を公開したくさんのオートマタの部品を見せると、ヴァージルはその部品とともにロバートに謝罪し関係を修復。
完全にとある計画の上で転がされている。

一度クレアの姿が見えなくなり、ヴァージルが使用人に「彼女に友人は?」と聞いた時「ネット上になら何人もいる」、と答えたところも若干不自然に感じた。
使用人にそんなことまで知れるのだろうか。主人の姿を見たことすらない関係なのに。

そもそもヴァージルのチップで、主人の個人情報をすぐ喋るのはどうかと思うが、その時には、既に復讐組に買収されていたことが明らかになる。
なぜなら彼の喋ることは嘘だからだ。

ヴァージルの視点で描かれているので彼が可哀そうにも思えるが、復讐組からすれば、ついに悪党をやっつけたという爽快な話。
彼らはただ痛めつけるだけでなく、悪人ヴァージルに良心や愛情を一旦覚えさせた上で、それらを一気に奪う。
極め付きの復讐。後は絶望の余生だけが待つ。

Best Offer とは、最高の品で手には入らないけど手は挙げる、つまり高嶺の花、という意味もあるそう。
ヴァージルにとって依頼人クレアは、元から手に入らない花だった。

最後にすべて種明かしをするのは、ヴィラの向いのカフェにいる、数字等を全て記憶する天才の女性。
実はヒントを何度か言っていたのだが、ヴァージルは気に留めなかった。

予習したり、注意深く観たりしても、観終わると、やっぱりもう一度観たい、と思う人は多いだろう。
諦めて二度見覚悟で時間を確保しておくほうが賢明かもしれない。

監督はニュー・シネマ・パラダイスのジュゼッペ・トルナトーレ。
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