真一

アクト・オブ・キリングの真一のレビュー・感想・評価

アクト・オブ・キリング(2012年製作の映画)
4.6
 東南アジア最大の大国インドネシア。経済発展を続ける赤道直下のこの国には、今なおタブー視される大量虐殺の歴史が横たわる。スハルト独裁政権下の1965年。国家主義者や地元マフィアらで構成する民兵が「共産主義者撲滅」の合言葉の下、無辜の住民を殺りくした。犠牲者は実に100万人に上るという。

 本作品は、笑いながら「1000人以上を殺りくした」と公言する当時の民兵リーダーのアンワル・コンゴ氏を巡るドキュメンタリーだ。現在も国民的人気がある地元マフィアのアンワルは、自らが行った「堂々たる」虐殺シーンを多数再現した映画の撮影に乗り出す。自身の「活躍」を歴史に残すためだ。だが、撮影が進むうちに、自信に満ちあふれていたアンワルの表情や言動に、予想もしなかった変化が表れる。ユダヤ系アメリカ人監督が密着取材を通じてキャッチした、虐殺王アンワルの涙。このドキュメンタリー映画は「罪の意識とは何か」「良心とは何か」を鋭く問うた名作です。

以下、ネタバレあり。

アメリカでは以前、インディアンを殺しまくったカウボーイが英雄だった。だからカウボーイを演じたジョン・ウェインはヒーローだ。インドネシアでは、共産主義者を殺しまくった愛国者が英雄視される。自ら手を下したアンワルは、なおさら真のヒーローだ。

 アンワルの映画は、インドネシアの国営テレビ番組も取り上げた。国営テレビのスタジオで「俺は車の中で共産主義者を針金で絞め殺し、外に捨てたりした。アメリカのマフィア映画を参考にしたのさ」と語るアンワル。これに対し「なるほど。苦しみが少ない方法を採用したわけですね」と相鎚を打つキャスター。スタジオ席からは拍手が起きる。

 国民の支持があり、政財界に顔が利き、地下社会でも存在感を示すアンワル。そんなアンワルの人生の目標は、質の高い映画づくりだ。こだわったのは「リアリティー」。残酷なシーンになるほど、力が入る。そして拷問シーンの撮影。ノリノリのアンワルは、なんと自分が拷問死させた共産主義者の役を買って出る。「俺はこの目で見ている。俺が演じるのが一番だ」というわけだ。

 自分の記憶に基づき、血染めのメイクをするアンワル。角棒で足をへし折られ、ナイフで切り刻まれた顔面は血まみれという設定。アンワルは見事に、死にゆく共産主義者を演じきった。

 異変が起きたのは、この直後だ。「はい、カット」の声がけがあり、目隠しを解かれた血染めメイクのアンワル。両目からは、大粒の涙が流れている。「このシーンは2度と撮りたくない」。彼は目覚めたのだ。大切な「何か」に。嗚咽交じりの言葉を聞き、僕も目頭が熱くなった。ラストシーンは、現場で虐殺を再現したアンワルが、良心の呵責に耐えきれず嘔吐する場面で終わる。

 本作品では、アンワルと異なり「罪の意識など感じない」「祖国のために決行した。恥じることはない」と開き直る関係者も登場する。彼らがいら立つのを見て、過去の侵略戦争や植民地支配を正当化したり、事実そのものを否定したりする日本の右翼政治家やネトウヨを思い起こした。

 戦時などに起きる大量虐殺は、発生段階では、加害国の国民が「英雄的行為」「国家防衛のためにやむを得ない行為」と見る例が散見される。広島、長崎への原爆投下然り。南京事件や朝鮮人虐殺然り。それだけに、どう歴史に位置付けるかが大事になる。鍵になるのは真心がこもった加害者の声ではないだろうか。アンワルは、歴史に正しい1ページを書き残したと思う。胸にしみる作品でした。
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