あなぐらむ

東京の恋人のあなぐらむのレビュー・感想・評価

東京の恋人(1952年製作の映画)
4.7
神保町シアターで鑑賞。いつだっけ。

戦後復興中の銀座の路地で絵描きをする原節子が、宝石偽物騒動に巻き込まれるモダンな人情喜劇。
三船敏郎、森繁、沢村貞子に清川虹子とオール怪獣総進撃状態で笑って泣いて大騒ぎな、まさにウェルメイドな逸品。まだ可動橋だった勝鬨橋が物語を盛り上げる。

脚本が見事で、本物・偽物とはつまり人の在り様、生き方であると着地させる井手俊郎の筆致が冴える(共作)。
軽快洒脱な千葉演出も緩急自在、潜水夫が踊ったりオプチカルで花火を見せたり、サービス満点。藤間紫、杉葉子(切ないパートを背負う)と女優陣が素晴らしい。若き小泉博が爽やか。

原節子は吉村公三郎作品以外はあんまりいいなと思わないんだが、本作の彼女はコケティッシュで良かった。ベレー帽が素敵。三船敏郎との不器用で淡い恋にほのぼの。偽物作りの三船が偽物の亭主を演じる事になる、という筋立ても巧い。彼はこういう役のがいいね、「暗黒街の顔役」とか、三の線が入るととてもいい。
森繁さんもまだ若く、清川虹子(嫁)に細首と言われるぐらいなんだけど既におとぼけぶりは全開、千葉泰樹の「社長」シリーズの基礎はこの辺りか。パチンコ玉景気は「日本一の裏切男」でも描かれてたし、凄かったんだね。

本作では原節子の人物設定は描かれない。貧しい靴磨きの少年達と市電で銀座に向かい、街頭で似顔絵を書き幾ばくかの金を稼ぐ。人に親切にはするが施しは受けない。それは彼女や少年達の誇りである。三船敏郎も模造品作りで山の手に住んでいるが実際はあばら屋だ。戦争の傷があちこちに見える。だが、彼ら彼女らは辛いとは言わない。自分の心情を長台詞で述べたり叫んだりはしない。行動で示す。映画だからである。
カメラが移動で追うのは想いつめ走る少年であり、上がる橋の向こう、こちらを見つめる愛する二人である。
脚本とは行間である。書く方、演じる方に必要なのは行間なのだという事が分かる良品。もうちょっと振り返って欲しい一本である。