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北朝鮮強制収容所に生まれての&yのレビュー・感想・評価

4.5
【2014/3/24:ユーロスペース】
それでも夜は明けてない事実として知っとくべき、って件は大前提として。
被害者で今作の中心であるシン氏は、彼の密告により兄と母が処刑されるのを目撃したことについて「脱走を企てるものは密告するよう教えられた。親兄弟が死んだら泣くことは教わらなかったので、当然泣かなかった」と言った。
加害者である元保衛員は、壮絶な拷問や強姦や処刑、規則のディテールを、全て自身の話として半ば楽しげに語ったが、家族の前では平凡で朗らかなおっさんだった。
耳を覆いたくなるような収容所の内情についてまた別の加害者である元高官は「指示通りにしただけだ」と言った。

被/加害者という全く対極であるはず人間が、実は皆洗脳や教育に動かされているだけという恐怖。保衛員は家族にとって良い父だが、シン氏は家族を裏切って死に至しめた。シン氏は指示通りにしただけだし、高官だって拷問することを教わり政治犯たちを人間扱いすることを教わらなかっただけだ。
人間というものの機能がいかに脆弱であるか。この作品を観ると、自分のアイデンティティに自信が持てなくなる。何か大きな陰謀か、或いはアビリーンのパラドックスに飲み込まれるだけじゃないのかと、不安に駆られる。
これは、取材対象をフラットに置くことによって得ることができた気づきであるように思う。シン氏をヒロイックでなく冷酷な人物として捉えた場面もあったし、加害者側をモンスターにしていないので、両者を身近に感じて背筋が凍った。然るべき状況に陥ったとき、右へ倣えを拒否する自信なんてないし、そんな概念すら恐らく持てない。ちょっとの狂気がコピペされて日常を作るんだ。

…真っ暗なことばかり考えてしまったが、ひとつだけ光があるとしたら、生きてさえいればやり直しがきくんだと思えたことかもしれない。シン氏は、DNAレベルでのクレバーさもあるんだろうが、24年も収容所で生きた後どのようにしてああも「真っ当な青年」という人格を形成し得たのか。きっと筆舌し難い努力や苦悩があったし、今後もあるだろう。それでも告発をし続ける彼の姿にわたしは希望をもらう。ならば彼が少しでも報われる日が来ればと、心から思う。
けど、思うだけでは足りないんだろうな。

あー長くなった。良いドキュメンタリーでした。
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