サマセット7

インサイド・ヘッドのサマセット7のレビュー・感想・評価

インサイド・ヘッド(2015年製作の映画)
3.9
監督・脚本は「モンスターズインク」「カール爺さんの空飛ぶ家」のピート・ドクター。

[あらすじ]
友人やホッケーチームのいるミネソタから引越し、都会のサンフランシスコに父母と共に転居した11歳の少女ライリー。
彼女の脳内では、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカという「5人」の感情たちが指示を出して彼女の行動を制御していた!!
しかし、ひょんなことから、ヨロコビとカナシミが、人格を形成する「コアメモリー」と呼ばれる記憶と共に、記憶の格納庫に飛ばされてしまい、ライリーの内面に危機が生じて…!?

[情報]
ピクサーアニメーションスタジオによる長編アニメーション作品。

監督のピート・ドクターが、自らの子供の転居に伴う経験を下敷きに脚本化した。
感情の擬人化、というアイデアを軸に、意識と無意識、思考、記憶、夢、想像などの人間心理のメカニズムを映像化する、という、かなり挑戦的な作品である。

5年の製作期間を経て、脚本の練り込みや心理学の近年の研究成果の参照などが行われており、相当力を入れて作られている。

主なストーリーは、ヨロコビとカナシミの2つの感情が、大事なコアメモリーと共に、本来の居場所である「指揮ルーム」から記憶の集積所に飛ばされてしまい、ライリーの人格が崩壊する前に「指揮ルーム」まで戻るまでを描く、いわゆる"行きて帰りし"物語である。

今作の評価は非常に高く、特に批評家の多くから好評を得ている。
一般層からも支持を集めているが、批評家ほどではない。
興収は、1億7500万ドルの製作費で作られ、8億1千万ドルを超えるヒットとなった。

アカデミー賞長編アニメーション賞受賞。

[見どころ]
脳内世界の、ディズニーランドを思わせる、ポップで分かりやすい映像化の数々!!
誰もが体験する普遍的題材を、脳内の一大冒険感動ドラマに仕立てる手際!!
さすがはピクサー!!
作品の放つシンプルなメッセージの鋭さ!!
大人から子供まで、浅いところから深いところまで楽しめる、重層的な構造!!

[感想]
私は、ピクサーの魅力は、挑戦精神あふれるアイデア、練りこまれた熟練の脚本、高品質のフルCGアニメーションの3点にあると見ている。
今作は、これらのいずれをも高い品質で満たした、まさしくピクサーアニメだ。
というわけで、ピクサーらしく、当然のように楽しんだし、当然のように感動した。

今作は、エンタメとしても高水準の品質を保ちつつ、どちらかと言えば、深読みや設定に関する議論が楽しい作品だろう。

感情たちのチームの脳内冒険ものとしてのエンタメの楽しさ。
少女のありふれた別れと葛藤の内面で起こっている、激烈な精神活動の映像化としての知的な面白さ!!!!
幼児からティーンネイジャーに成長するにあたり、失われていくものへの哀愁!!
さらには、子供に対する庇護欲をどこかで手放し、自立を見守らなければならない、親の甘酸っぱい感傷!

このような多層的な要素を含みつつ、一本のエンタメとして完成させているのだから、さすがピクサーというほかない。
特に今作には、ほとんどの人が問答無用で感動させられるであろうシーンがあり、私もバッチリ感動した。
このシーンは、上記した多層的な視点がクロスする場面であり、自分が、なぜ、どの視点で感動したのか、考えてみるのも面白いだろう。

他方で、今作が結構変わった作品であるのは間違いない。
少女が経験する現実世界とその脳内のアドベンチャーの二重構造は、誰に感情移入すればいいのか、単純に映画を楽しみたい観客を混乱させるかも知れない。

また、私は正直に言って、見ている間、ヨロコビの独善性やカナシミの自尊心の乏しさを不快に感じてしまった。
これらのキャラクター設定は、明らかに意図的なものだ。
つまるところ、感情たちは、ライリーを幸せにするために行動しており、その目的に照らして、ヨロコビこそが重要で、カナシミは不要なものだと思い込んでいるために、こうしたキャラクター設定になっているのだろう。
それは分かるのだが、90分間、気に食わないキャラクターのドタバタを見つめる、というのは純粋なエンタメ作品として見るとどうなのか、と思わないでもない。

やはり、今作は、単純に観て気持ち良くなる純粋なエンタメというよりも、人の頭の中を擬人化させて映像化させることそのものを、自分の体験や知識と照らし合わせて観てこそ面白い作品だろう。

[テーマ考]
今作は、いわゆる「泣きたい時には我慢せずに泣いた方が良い」というシチュエーションの、頭の中で巻き起こる内実を描いた作品である。

別の言い方をすると、哀しみという感情は何のためにあるのか、分かりやすく指し示す作品だ。

キーワードは、共感、だろう。
父親の頭の中と、母親の頭の中で、それぞれ統率しているのはどの感情なのか、は、象徴的だ。

このメッセージの普遍性及び実用性は、ピクサーアニメ史上随一かも知れない。

[まとめ]
ピクサーアニメらしく、挑戦的で、普遍的なメッセージ性を備えた、知的エンターテイメント・アニメの佳作。

記憶は、いいものも悪いものも失われていく。
それでも、大事な記憶は、人格として残る。
少しずつ記憶を入れ替え、人格も変えながら。
そうして、我々は生きていく。