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「エロ事師たち」より 人類学入門のbluetokyoのレビュー・感想・評価

1.6
エロはまったく出てこない。エロの仕事に携わる人々の話である。いわゆる、お仕事フィクションだ。映画で言えば、おくりびと、舟を編む、あたりが似ている。そのお仕事だけを描写したなら、ドキュメンタリになってしまう。それがそうならないのは、仕事内容が、人生とか、まあ、さまざまなことの根源に触れているかどうか、ということだ。この映画に関していえば、男女の関係、ではなく、エロという、まるで、すべてを解決してくれる桃源郷のような、そうした人々が恋焦がれるものが、実は、まやかしのような幻だと言っているわけだ。たとえば、処女とのセックスである。一番強烈なのは、いまなら絶対にアウトなシーン。重度の知的障碍者が登場する。女子高生と初老の男とのエロビデオ撮影で、女子高生役が重度の知的障碍者なのだ。しかも、初老役がその父親なのである。カネ欲しさなのだろうけど、普段から、知的障害の娘に性的虐待を行っていそうな感じである。もし、女子高生と初老の男とのエロビデオがあったとして、それは、エロの桃源郷ではまったくなく、まさに、陰惨な現実が作っているだけなのだ。主人公も内縁の妻とその娘との三角関係に陥り、性的には破綻してしまう。そういうわけで船の上に建屋を作ってその中でダッチワイフの作成の没頭するのだ。最後は知らぬ間にその船が沖へと流されて終わりである。実は、今村昌平監督の作品で、「うなぎ」以下の三作品はすごく好きで何度も見るのだが、それ以前の作品はまったく好きになれない。すごく大仰過ぎるのだ。だから、登場人物はみな、影絵でしかない。この映画に関して、作るもの、見るものは高みの見物の所産なのである。そういうのが評価されたり受けたりした時代もあったのだろう。ちなみに、「うなぎ」で登場した水槽の中のうなぎは、この映画ではフナとして登場している。もちろん、水槽の中の魚は主人公自身ではある。「うなぎ」でタイトルがうなぎなのは、初めて、人物にフォーカスしたからだろう。それ以前の作品はただ人物を眺めているだけなのだ。唯一、違うのが、近藤正臣演じる息子が病院で恋人を紹介するシーン。その恋人が妙に長い廊下をビキニ姿でハイヒールの靴音高く歩いてくる。もちろん、これは、息子の内面の世界なので、その恋人が美人だったりする。ここだけ興味深いシーンである。作られた当時は無闇に評価が高いけど、いま見て、面白いとはとうてい思えないので、点は低くしてある。
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