トークバック 沈黙を破る女たちの作品情報・感想・評価

トークバック 沈黙を破る女たち2013年製作の映画)

上映日:2014年03月22日

製作国:

上映時間:119分

3.9

あらすじ

監督

「トークバック 沈黙を破る女たち」に投稿された感想・評価

HO

HOの感想・評価

-
ラ・カチャダみたいだな、って思ったらラ・カチャダより明確な狙いのあるプロジェクトだった 暴力の連鎖を止めたいという祈り
見終わったあとすこし強くなれた気がする。
ドキュメンタリーだから作りものではないというのが軸にあるのとないのとでは違う。
なかなか口にだして発信すること賀難しいことだってあるこの世の中に関わりを持って支えあったり共感しあったりできる場所があるだけで人は生きていける。
meiko

meikoの感想・評価

4.3

このレビューはネタバレを含みます

エイズにかかった女性たちが演劇セラピーで回復していく過程を垣間見れる、と言えば一言やけど、本来の目的以外にも、普段交わらない多様な人種、バックグラウンドの女性たちが親しくなるというところも素晴らしいなと思った。レイプされてエイズにかかった女性の、わたしにとってセックスは愛と信頼の交換、ていう言葉に一番共感した...
日本に比べてオープンマインドで声をあげるハードルが低いと思うアメリカですらこんなに苦しむ女性たちがいるなら、日本でこそこのプログラムが必要と切に思う。ていうかわたしも受けさせてほしい。
元受刑者とHIV陽性者の女性達で構成される劇団を追ったドキュメンタリー。

自らの経験を舞台で演じるという取り組み。

参加者の1人曰く「どんなに悲惨な人生でも、物語れば癒され励まされる」と。

良くも悪くも、環境と機会が人を変えるということ。
まろん

まろんの感想・評価

3.0
AIDSやHIVの患者の話。病気=死だと思って、薬に溺れたり、偏見に苦しんだりする。その中で、演劇と出会い、自己表現を身につけたり、仲間と出会ったり、過去を見つめたりする。驚いたのは、HIV専門の医師が、HIV患者の7.8割?くらいが、性暴力被害者だと言っていたことだ。

映画を通して、問題の本質は、AIDSやHIVなどの病ではなく、そこに至るまでの過程だと思った。薬物依存、親との関係性、性暴力、DV、、、。HIV陽性者は少ないかもしれないけれど、薬物や暴力に苦しめられている人はたくさんいる。そこからどう脱出するか、演劇や仲間がいかに彼らをエンパワーするのかが見えた。

最後の「3年後」のところが印象的だった。
演劇を見た人の感想をもっと聞いてみたかった。
@ポレポレ東中野

HIV陽性者が半数以上を占める劇団の公演の様子や彼女たちの過去の出来事や現在の生活をインタビュー形式で記録したドキュメンタリー。

語ること、演ずることで過去と向き合い、それを乗り越えようとする姿に励まされる。
ラスト、辛い体験ゆえに自分の中で記憶から消していた、失われていた言葉が取り戻される様子には、語り合う仲間たちや体験を共有するということの大きな可能性を感じた。
とても力強い映画だった。
HIVの女性がやる演劇。
『プリズン・サークル』にも共通することだが、演じることがそのまま生きることにつながっていく。
過去を捨てることなく、前を向いて生きていく。

「今 生きていることを祝って、踊りましょう!」
meguros

megurosの感想・評価

3.8
元受刑者とHIV患者によって構成される女性アマチュア劇団「メデア・プロジェクト」に密着したドキュメンタリー。

HIVは薬物使用やセックスが主な感染経路のため羞恥心がつきまとう感染症であり、社会の無理解や偏見も根強く、家族や友人にもその病気を隠すことが常態化している。その病気を隠すことが患者を孤立させ、鬱状態に陥らせ、今やHIVが原因で死ぬよりも自殺の方が多くなっているそうだ。この劇団は、病をオープンに語ることを目的にスタートしたもので、沈黙を破ることによって自らの声を取り戻し、内なる死を防ぎ、社会との分断を防ぐ。そうした活動を行なっている。

タイトルにもなっている”トークバック”とは、上演後に行われる観客とのQAセッション、対話のこと。

映画冒頭に「私たちを分断しているのは私たちの”違い”ではない。”沈黙”である」と公民権活動家で作家のオードリー・ロードの詩が紹介されるが、ここでも前作の「ライファーズ」そして「プリズンサークル」に見られたような他者との対話を通じて初めて、人は救われうるのだということが見て取れる。

演劇の中で「恥の理由ならどこにでも転がっている」というセリフがあったが、自分も歳を取って恥じる気持ちが薄くなってきてから、生きることが楽になってきたようにも思い出した。
HIV陽性者に対する差別は根深い。 それは、HIVが、セックスや薬物の回し打ちの際に感染しやすいからである。
しかし、HIV陽性者だからといって、不特定多数の人とセックスをしたわけでも薬物使用をしたわけでもない。
たった1度のレイプから、あるいは、たった1人の恋人とのセックスでも感染するのだ。


恋人に対し、HIV陽性であったことを伝え、あなたも検査をしたほうが良い、と言った途端に音信不通になった。
HIV陽性であることを知って、妊娠し、子を産むことを諦めた。
そして、何度も何度も自分を責めて、出口のない苦しみの中に閉じ込められるのだ。

HIV陽性であることを知ったとき、出演者の女性たちは皆一様に、ショックを受けている。
とにかく泣いた、ヤクにハマるようになった、恋人に対する怒り、レイプをされたことへのトラウマ、人種差別や元受刑者であることとの二重の差別ーとにかくその闇は根深く、誰とも共有できない状態が続いていた。

HIV患者は、HIVそれ自体で亡くなるのではなく、HIVであることを家族や友人、恋人に打ち明けられず、沈黙を強いられることから鬱状態になって自死してしまうケースが多いという。中には、家族から、殺されてしまった人もいる。
ある地域では、「悪魔の病気」とされているのだ。


そんな状態の患者にどのような回復の道があるか。
それは、「語る」ことではないかと考えた医師がいた。

社会にある分断は「違い」それ自体により生じるのではなく、「沈黙」することにより生まれる。
だからこそ、その沈黙を破り、自らの悩みや葛藤、受けてきた差別や育った環境に怒りを表すことで、自らの過去を自分で許せるようになり、他者と生きていくことができるようになる。
「トークバック」とは、「応答し合うこと」。

他者からの抑圧を受け、辛い過去に蓋をしてきた受刑者が心を開き、自分の過去と向き合う方法の一つとしてとられてきた演劇という手法を、HIV陽性者であることのカミングアウトにも応用できるのではないかー。

そんな仮説から、この挑戦は始まった。
彼女たちの心からの叫び、全身での意思表明は、生きているということへの苦しみと喜びに尽きる。
過去は消せないし、今の自分がいるのは過去の自分がいたお陰だと、自分を許し、他者に心を開くことで、前を向いて生きていく出演者たちの全身全霊の演技は、「演技」という枠を超えて、彼女たちの生命そのものである。
Amelia

Ameliaの感想・評価

3.9

このレビューはネタバレを含みます

覚え書き

私たちを分断しているのは、私たちの“違い”そのものはない。“沈黙”である。
オードリー・ロード 詩

声にして訴えなさい。あなたの真実を 闇を 狂気を。 そのすべてがあなたなのだから

トークバック・セッション…上演後に演者と観客が交流。トークバックは「応答」しあうことの意。

女だけのアマチュア劇団メデア・プロジェクトがHIVをテーマにした芝居を上演
出演者16人の半分はHIV陽性者
“HIV IS LIVIN WIT ME”全員の衣装
実体験に基づいた内容
「愛の道化師と踊る」
トニー・モリスン「ラブ」から
「“愛の道化師”はセックスを意味し 世界は“愛の道化師”と踊っている」

メデアは受刑者に向き合う演出家とHIV患者と向き合う医師の出会いから始まった。



殴る動作、過去の敵、自分の問題との戦い。

「味方なら一緒に立ち上がってよ!違うならとっとと帰って!」

だいたいの女性が幼少期に性的虐待などのトラウマがあり、若くして家出、薬物依存に陥っている。

過去の体験や感情を語り合い、芝居を作っていく。自分自身と向き合う過程。
打ち明けたことで生まれる仲間との絆。

HIVは恥と偏見の病気。
でも何も変わらない。
HIVが全てじゃない。人生は問題が山積み。
何も諦めることは無い。

過去と向き合い認めることで、恥ではなく自分を見つけ出していく。

HIVにかかってからの方が“生きている”ように見える。
自分の過去や過去の誤ちと向き合うことでそれも全て自分だと認めることが出来る。それは強さだと思う。これが私だ文句あるか!と大声で言うこと。そのためには支えてくれる仲間が必要。支えあって強くなれる。今生きていることを一緒に祝える仲間は素晴らしいと思う。



ドキュメンタリーはストーリーが決まってるのでは無く、膨大な映像から欠片を拾うようにして組み立て、事実を届ける
作り方が正反対。
演者はみんな、過去の体験を詩にしていたけど、それが出来るのって凄いことだと思う。
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