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キカイダー REBOOTのLEOのレビュー・感想・評価

キカイダー REBOOT(2014年製作の映画)
2.3
【注:長文です】

「時間を無駄にした気分になる映画を観よう」月間の4作目!
と思って観たものの、予想に反して以外にしっかりした作品になっていた。
さすが脚本の脱稿までに約2年もかけたらしいだけある。

とは言うが、あくまでこれはオリジナルのキカイダーが大好きな自分の、事前の評価があまりにも低かったから。
「あ〜、時間を無駄にした気分」と言う事になるんだろうなと思っていたからで、“それに比べたら意外に良かった”という事だ。

過去何度も日本のSFジャンルのリブート作品レビューで言ってきたように、何でこんな余計な設定を入れてしまうんだろう?とまた思ってしまったよ。
本当に原作をしっかりと理解してリブート作品を作りたいと思ったんだろうか?(多分違うだろう)

『ターミネーター2』ばりに逃避行の中でジローと、ミツコとマサルの間に芽生える人とアンドロイドの壁を超えた交流風のストーリー展開はまぁいい。
デザインも悪くない。
アクションも頑張っていた。

しかしだ!キカイダーという作品の本質である良心回路の事を理解してるとは全く思えない!
オリジナルにおいて、ジローは良心回路を持っていることこそが自分であるアイデンティティとして理解していた。
これがなくなったら自分は他の単なる機械と同じ存在になることが解っていたからだ。
不完全な良心回路を持った不安定なアンドロイド。
身体の青色は正義の心、赤色は悪の心を象徴。
そして左右非対称のデザインも含め「不完全な良心」を表現している、それがキカイダーだ。
だからキカイダーをピノキオに喩えて良心回路には“ジェミニィ”(『ピノキオ』に登場する例のコオロギの名前)の名が付けられている。
すなわち、悪に揺れ動く「心」を自制するのが良心回路というわけである。
『サイボーグ009』や『仮面ライダー』もそうだけど、悲哀の心を持ったヒーローが石ノ森章太郎が描くヒーローなのだ。
なのに本作では、最後のハカイダーとの戦いで勝利するために、ジローは自分で良心回路を破壊してしまった。
それではダメ!
自分で壊したのでは意味が全く変わってしまう。
さも自己犠牲のような描き方だったが、それではプロフェッサー・ギルも指摘した通り単に強けりゃ良いだけになって、彼の考えが正しかったことを認めることになってしまうじゃないか。
アンドロイドであるが、人の心を持つが故の苦悩・葛藤がどこにあるんだ?

それにサイドマシーン問題!
ウルトラマンにはβカプセル、仮面ライダーには変身ベルトというように、キカイダーにはサイドマシーンが必要なんだ
何で単に走って来るんだよ!
サイドマシーンに乗って来いよ!ぶち壊しじゃん!
製作陣にはもう少しオリジナルの思想を大事にして欲しかった。

演出にしてもダメ。
この日本で子供二人を誘拐するためにテロリストのアジトでも襲撃するかのような特殊部隊を派遣したり、目的のマサル達に当たるかもしれないのに手当たり次第に(見える)拳銃を使い続けたりさせるなんて。
いくら国防長官の命令だってあり得んわ。
「こういうシーンを入れたらカッコイイだろうな」程度の考えで本質を分かってないから逆にリアリティをなくしているんだよなぁ。

それにプロフェッサー・ギルは、ジローを倒した後に何のために自分をハカイダーに改造したのか?
もう必要ないじゃん。
マリを倒すため?
椿谷国防大臣に渡しちゃったからって、自分の指示を聞くように作ってなかったのか?

あと、アクション自体には文句はないが、延々と殴り合ってるだけのシーンに20分もかけられるとさすがに飽きるわ。
最近の傾向としてウルトラマンでもそうなんだけど、全てカンフーアクション系なのもいただけない。
金をかけられないからそれしかやれる事がないのも分かるけど、そればかりだと重厚感も何もない。
ハリウッド映画ほど派手なドンパチやれとは言わないけどさ、もう少しアイデアで何とかしましょうよ。

と、いろいろ文句を言ってきたけど、やっぱり日本のSF映画が海外に追いつくのはまだ遠いなぁと感じる作品でした。
LEO

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