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紙の月のchi6cuのレビュー・感想・評価

紙の月(2014年製作の映画)
5.0
この上なく面白い日本映画に出会えたからなのか、もしくはあまりにも主人公が自分の心をかき乱したからなのか、高揚感と絶望感で上映終了後に全身鳥肌が立った。
すごい作品。
あまりにも巧妙な感情的リアリティに共感とともに罪の意識が芽生えてしまう。
自分も「してしまうかも」と。

吉田大八監督は全身全霊で信頼している監督の一人で、とにかく期待を寄せて観た。ドラマ、原作共に高評価だが、映画のためにどちらも見ずに準備をしていた。
映画初見のストーリーは目の前で起こる事すべてが目を見張るほどスムーズに穏やかに、主人公は罪を重ねていく。
日常に対する退屈と安心感と、非日常への漠然とした憧れが、すべての罪の根源であるように感じる。
主人公梨花は平凡でまじめな主婦。
ささやかな給料で可能な限りの贅沢も忘れず、お金の怖さも知ってる。銀行員としては出来すぎているような女性。
その彼女が、恋に溺れ自分に溺れ巨額横領をする。

梨花には正義という名の信念がある。
誰かのために惜しみない努力をすることに喜びを感じている。
それは偽善ではなく、そのことにより自身が満足し、幸せになれるということを自覚して美しく生きている。
その信念こそが、彼女を貶めていく過程があまりにも緻密でおそろしい。

役者が見事。登場人物全員が上手い。というか、合っている。
キャスティングが絶妙。
宮沢りえはその肌がすでに見事である。彼女の肌は年相応、もしくはそれ以上に衰えている。
そして体型はか細く、どこかアンバランスでぎこちない。
足が細い。どうしようもなく気になるほどに。
壊れそうで目が離せない。
この綱渡りのような女の人生は宮沢りえのはかなさがあって完成したように感じた。
「宮沢りえ」の背負っていた絶望と希望。
多くの人々に苦しめられ、今の自分という輝きを手にした彼女の弱さと強さが、肌に、体に、存在に宿ってスクリーンににじみ出ている。
その色香に、大学生、光太は瞬時に恋をする。

光太がもっとハンサムなら、もっと自信家なら、もっと強引にたかってくれれば、きっと罪の意識は薄らいだ。
しかし池松壮亮演じる彼は、そうではないのだ。
センスのない髪型、ぼんやりとした話し方。あどけない笑顔。少し女に慣れた誘い方。
二人でレストランでの食事シーン。鹿肉をほおばり「??なに、この肉?」と怪訝な顔をする光太。
その瞬間、ああこういう男とは別れられない、と思った。

梨花の犯罪を加速させる後輩の一言。
「ありがちな話ですよ」
ありがちならば、自身の信念に従い、お金をあるべき人の元へ・・。
それなら許されてしまうのではないか?
梨花を見ながら心底呆れ、戸惑い、憤慨し、どこかで共感してしまった。
起こるべくして起きてしまう。犯罪は、決して突然ではない。

平凡な、善良な女の転落劇。お金がいかに人を狂わせるか。
「ありがち」なストーリーを傑作に仕上げたのは、何よりもクライマックスの梨花の一言である。
このシーンはスクリーンの前にいる私たち女全員に投げかけられている。
今もこびりつくあの言葉。
呆然とするような羨望とともに。
こんなに大きなな犯罪の後も、悲しいかな人生は進んでいく。
彼女に関わった者達の人生も同様に。
報われる事のない彼女の曲がった正義。それは果たして罪なのか。
一体何が悪かったのか。どこから狂ってしまったのか。
気付くことのできない犯罪の渦中に絶望する。

鑑賞後、ATMでお金を下す。
自分に自信がなくなり手の震えが止まらなかった。
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